安藤美姫の娘ひまわりの父親は既婚男性だった!引退後はコーチに

女子フィギュアスケートの安藤美姫は2006年のトリノオリンピック、2010年のバンクーバーオリンピックと2大会連続出場。2013年12月に3年ぶりの出場となった全日本選手権で7位に終わりソチオリンピックへの出場は叶わなかった。そして大会終了後に現役引退を表明した。

安藤美姫

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安藤美姫と南里康晴が別居!モロゾフにコーチ依頼も断られた

2013年8月、安藤美姫はアメリカに渡りコーチを探していましたが、結局みつかっていなかった。そして、再度モロゾフにコーチ依頼を要請したけど、また断られたという。ソチ五輪の代表になるには、日本選手権に勝たなかったが・・・。

ママになってオリンピックに出場した女子シングルのフィギュアスケートの選手はこれまでにいない。
その大きな壁に立ち向かおうとしている安藤だが、コーチがまだ決まっていない。
2013年4月にひまわりちゃんを出産し、復帰戦になる2013年10月12日の関東選手権は、ソチ五輪代表の一次選考会も兼ねていた。

そんな中、安藤は元カレでコーチだった、モロゾフ氏を頼って渡米したが、しかし・・・。
「2013年8月の中旬にモロゾフから電話があったそうです。コーチを引き受ける条件として、復縁したいといったそうです」(スケート関係者)
モロゾフ氏は安藤との結婚を具体的に考えていた矢先の2011年夏、突然、安藤から別れを切り出されたことを写真週刊誌で明かしている。

その後、こんな心境を告白している。
「この状況で彼女のコーチだけ引き受けるのは無理です。将来にわたって、と言われれば・・・」
恋愛関係が破綻したのに、仕事としてコーチだけ引き受けることは考えられないということだ。

「だから安藤さんの中には、モロゾフさんから復縁を要求されるかもしれないという思いはあったと思いますよ。でも彼女にはもう子供もいるし、入籍こそしていないけど夫ともいうべき人もいる。モロゾフさんも恋愛と仕事を分けて考えてくれるはずと期待していたんですよね」(スケート関係者)

ニコライ・モゾロフ

しかしモロゾフ氏は、元カノが頼ってくれたという事実に、逆に胸を熱くしてしまったそうだ。
「未入籍だということを知って、子供も一緒にアメリカに住めばいいじゃないかとまで言って、モロゾフさんは安藤さんを口説いたそうです。でも、彼女にしてみれば、モロゾフさんのことはすでに過去の話です。ソチ五輪出場のためとはいえ、そうまでしてコーチを引き受けてもらう気はなかったで、そこで、ふたりは決裂したようです」(同上)

そんな安藤にさらなる試練が・・・。
子供の父である南里康晴が愛の巣から叩き出されたのだ。
「安藤さんがアメリカから帰国して、本格的なトレーニングが始まった8月下旬だったと思います。彼女の母親が、近くにいたら美姫が集中できない。ソチ五輪に出場できなくなったらどう責任を取るのか?などと言い出したそうです」(南里の知人)

そもそも安藤の母は南里と入籍することを猛反対している。
それは、自身が夫を亡くしてから、経済的に苦労をしてきたので、同じ道を歩かせたくないという思いが強いようだ。

モロゾフにコーチを断られた安藤はさらに窮地に立たされている。
「これまで以上に安藤さんは練習に集中しなければいけなくなったんです。母に言わせれば、南里さんに構っている時間さえない、むしろ邪魔だということなんです」

それにしても、なぜ安藤の母はこれほどまでソチ五輪にこだわるのか?
「このままでき婚で引退となれば、安藤さんはひんしゅくを買ったままですよね。その後、コメンテーターや指導者など、スケート界で仕事をしていくのはまず無理だと言えるでしょう」(スポーツ紙関係者)

「南里さんも同じスケート業界にいたので、安藤さんの母の気持ちがわかるんだと思います。悔しいでしょうが、今は彼女のソチ五輪のために、自分ができることをやるしかないと言って別居を決意したそうです」(南里の知人)
当時、南里は、横浜にあったマンションから電車を乗り継ぎ1時間弱。
アルバイトの居酒屋に近い築15年のアパートに住んでいたそうです。

安藤美姫

南里康晴が安藤美姫とは結婚する約束をしています

ソチ五輪の代表を目指していた安藤美姫ですが、かなり高い難関であった。出産を経験してからフィギュアでオリンピックに出場した人はいない。数年のブランクがあり、専属コーチが見つからない。

たくさん不安がある中で、2013年9月に行われたフィギュアスケートのネーベルホルン杯では、2年半ぶりだったのに、見事に2位に輝きました。本人は満足をしていませんでしたが、技術点で48.07点をマークし、国際スケート連合が五輪出場の条件と定めるフリーの最低技術点36点を上回りました。

安藤はソチ五輪後に、今後の進路を決めるようですが、そんな中で、未婚の夫である南里康晴(28)は、来年は安藤と結婚をする約束をしているそうです。
しかし、現在時給1000円でアルバイト中で、安藤の母からも猛反対されている中で、どうやって説得をさせるのでしょうか?

2013年9月下旬、ドイツで行われたネーベルホルン杯で安藤は2位になった。
約2年ぶりの競技大会への復帰だったが、ソチ五輪出場に必要な最低技術点をクリアし、表彰台に立った。
現地には、ひまわりちゃんも連れてきていた。

安藤自身は、復帰後の結果としては満足をしていた。
「妊娠、出産のブランクを経て2位というのは上々の滑り出しです。後は連盟に指定された予選会をクリアして、全日本選手権で表彰台に上がればソチへの道は開ける。そんな期待を抱いたからこそ、彼女はインタビューで泣いたんだと思います」

しかし、その後、日本スケート連盟の幹部が放った言葉に呆然としたそうだ。
「エキシビションの演技が終わった時、安藤選手はバックステージで、日本スケート連盟の伊東秀仁理事にこのように言われたそうです。全日本全主権で優勝しない限り、ソチ五輪代表にはなれない。2人のやり取りは多くの関係者の目の前で行われたので、空気が凍りついていましたよ」(スケート関係者)
日本スケート連盟と安藤選手はあまりいい関係ではないのでしょうかね?

ソチ五輪に向けて頑張っている安藤選手に対して、一方の南里はどうしているのでしょうか?
「美姫ちゃんはソチ五輪に向けて集中しなければいけないからと、美姫ちゃんの母から退去命令が出ました。今は居酒屋に近い古いアパートで一人暮らしをしていますよ」(親しい知人)

居酒屋での仕事ぶりだが、店では南里の評判はいいようだ。
「おつまみの作り方を解説してくれたり、お客さんとの会話も上手でしたよ。別のスタッフの男の子が、今僕婚活中なんですと言ったら、南里さんは、僕も独身なんですって言ってたそうです。てことはやっぱりまだ結婚はしてないようですね」(居酒屋の客)

しかし、安藤と南里は結婚の約束を交わしているという証言がある。
「南里くんは、来年になれば、僕らは結婚するんだ。彼女とはそういう約束になっていると、親しい関係者に話しをしているそうです。その日が来ることを信じて、今は一生懸命働いているそうです」(親しい知人)

2013年10月初旬に、店の仕込みを終えて一旦家に戻る南里を週刊誌が直撃取材。
記者:子供は、安藤さんと南里さんの間に生まれたお子さんですよね?
南里:今はみなさんに言えない事情があるんです・・・

どうやらまだ安藤の母との確執は続いていたようです。

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ソチ五輪出場に向けてモロゾフ氏がアドバイスをしていた

2012年に恋人関係だったモロゾフ氏と破局して、モロゾフ氏のコーチも解任。その後、ずっとコーチが見つかっていなかった安藤美姫。自分から解任しておきながら、何度もモロゾフ氏にコーチをしてほしいとお願いをしていましたが、断られ続け、ソチ五輪出場へ黄色信号が点滅していましたが、ギリギリでコーチを見つけてくることができたという。

2013年11月、安藤を指導していたコーチは、イタリア人のバルテル・リッツォ氏で、モロゾフ氏の弟子だという。これも、もしかするとモロゾフ氏が安藤のためにコーチを要請したのかも知れません。

「安藤選手は試合後、リンクを使える時間が限られていて、満足な満足な練習がほとんどできなかったから・・・と残念そうに話をしていました」(フィギュア関係者)

2013年11月4日に行われたフィギュアの東日本選手権。
この大会で、安藤美姫は2位となり、全日本選手権の出場は確保した。
2位だが、安藤としては決して満足のいけるものではなかった。
安藤がソチ五輪の切符を手にするには、全日本選手権でライバル達に勝たないといけない。
運命の日まで後40日を切っていた。
そんな安藤は、イタリア・ミラノ近郊のベルガモで合宿することを決めた。

「安藤選手は、母とひまわりちゃんを連れてベルガモ入りするそうです。閑静な冬のリゾート地にあるリンクで、練習に集中したい意向のようです。安藤選手を指導しているリッツォコーチは、彼女は筋力と体力が戻り、演技のつなぎをしっかりやれば戦えると。それまでに後5キロはダイエットするように話をしていました」(フィギュア関係者)

実は安藤にダイエットを指令したのは、モロゾフ氏だと別のフィギュア関係者が話す。
「リッツォは、もともとモロゾフ氏の下で指導者としての腕を磨いていました。2人は師弟のような関係なんです。安藤選手を公私にわたり知り尽くしているモロゾフは、リッツォを通じて、練習のメニューや技術的なアドバイスもしているのです」
モロゾフ氏は、今季の安藤の演技をすべてチェックし、今後の練習メニューを細かくリッツォ氏に伝えているそうだ。

とにかく全盛期より太って技のキレがないようなので、痩せることを中心に指示をしているそうです。
2013年12月21日に全日本選手権がありますが、その前に同年12月5日にクロアチアである大会に出場する予定だった。
本番前の予習といった感じでしょうか。

安藤美姫

全日本フィギュアスケート選手権で2位に入れなければ引退

極秘出産を告白してから5ヶ月が経過。出産後にフィギュアスケートでオリンピックに出場した選手はまだいないそうですが、安藤美姫は、初めてのママになることができるのか。ソチ五輪は2014年の2月に開催され、この出場枠獲得を狙って安藤美姫は頑張っていましたが、ボーダーライン上にいたようで、この大会で2位に入らなければ出場は難しかった。

「3位候補だった村上佳菜子選手の不調もあり、安藤選手が全日本選手権の表彰台に上がる可能性が出てきました」(フィギュア関係者)

2013年7月の極秘出産から当時、3度目の五輪出場をママ選手として目指していた安藤。
安藤は2013年12月21日から始まる日本選手権に向けて、2013年11月初旬から、長女・ひまわりちゃんを連れてイタリアのベルガモで長期の合宿をしていた。

「イタリアはチーズやピザがおいしいレストランがたくさんあるのですが、安藤選手はコーチから厳しい体調管理を言い渡されていますよ。でも長女と一緒にティラミス、パンナコッタなどを食べていると、どんな辛いことも忘れられると周囲に話していました」(同上)

全日本選手権の会場となる埼玉スーパーアリーナにも長女・ひまわりちゃんを同伴させるという。
「さすがに控室に長女は連れてこないと思いますが、観客席で見ることはできます。安藤選手がソチ五輪に選ばれるためには、全日本選手権で優勝か2位に入る必要があります。しかし、現在の安藤選手の状況ではかなり厳しいでしょう。ですから、安藤選手は全日本選手権が引退試合になるかもという覚悟を知人に漏らしているようです。最後の試合で、ひまわりちゃんを連れてくるのは、そういった意味や力を貸してという意味もあるようです」

この大会で安藤選手のフィギュアスケート選手としての運命が決まる!

安藤美姫

子供の父親は安藤を支援していた既婚男性だった

安藤美姫選手の父親は南里康晴選手だと関係者の人も話をしていたのに、これはカモフラージュの契約結婚だったという。南里選手は安藤選手の両親とも仲がいいので、カモフラージュ作戦に協力していたようです。驚くのが、安藤選手の本当の父親は、支援者であり既婚男性だったと2013年12月、報じられました。

「安藤選手が子供の父親の名前をついに明かしたというんです。それもどうやら南里さんではない別の男性だったというんですよ」
こう語るのは、安藤美姫とスポンサー契約を結ぶ予定という、大手企業の関係者だ。

安藤が極秘出産したのは、2013年4月。
2013年7月にテレビで本人が告白し、父親の名前を明かさなかったことからさまざまな憶測を呼んだ。
まずは、ひまわりちゃんと子供に名付けたことから、元コーチだったモロゾフ氏の子供ではと噂されたが違った。
次に本命の父親と言われたのが南里だった。

騒動の中で安藤と南里は同棲生活を送っていたが、週刊誌も報じたように南里はマンションを追い出され一人暮らしをしている。
とはいえ、2人の仲は良くて、父親は南里と思われていたのだが・・・。

「実は安藤は大手企業スポンサーと契約を交わす話が進んでいるようです。その前提として、企業が安藤に徹底した事前調査をする中で、彼女自身から娘の父親の名前を確認しました。それが南里さんではなかったんですよ」(広告代理店関係者)

なぜ、南里は父親とされている状況を黙認しているのだろうか?
「実は安藤が告白した子供の父親は、彼女を経済的にも長年支援してきた既婚男性だったんですよ。それを公にできないため、南里君をカモフラージュ役にとなったわけです。その見返りとして彼も相応の援助もあり、それで彼はダミー役を引き受けることになったようです」(フィギュア関係者)

2013年12月中旬に、この件を確かめるために南里を週刊誌が直撃したが、無言で店の中へと入っていかれてしまったという。

安藤選手はフィギュアスケートの引退を昨日告白しました。(アイスショーはします)
南里との結婚に向けて進展があるのかと思いきや、まさかの父親は別の人!
フィギュア関係者の話などでも、安藤と南里は交際をしていると報じられていましたが、これもカモフラージュだったのでしょうか?
安藤はスポンサー契約をする前に、いろいろと問題解決をしないことが山積みだった。

南里康晴

安藤美姫が弟の安藤幹純を俳優デビューさせたい

安藤美姫さんは現在タレント活動を頑張っています。まだまだ空気の読めないところがあるものの2014年9月、テレビ局からは引っ張りだこ状態のだったようです。

そんな安藤美姫さんが弟を俳優デビューさせたいと、テレビ局に弟の安藤幹純さんを営業で売り込んでいたそうです。安藤幹純さんはサンミュージックが経営するサンミュージックアカデミーのレッスン生で芸能界デビューをするために修行中だったそうです。

「安藤さんの弟が、本格的に俳優デビューを目指しているんです」(テレビ局関係者)

2013年フィギュアスケートの現役競技生活を引退した安藤美姫。1歳になる娘を育てながら、テレビでタレント活動をしている。実は安藤の2歳年下の弟の幹純が芸能界入りを狙っているそうだ。

幹純はサンミュージックアカデミーに所属するレッスン生ですが、実は安藤美姫のコネでこっそりエキストラとしてデビューしていたそうです。
「2014年6月に放送された織田裕二さんの主演スペシャルドラマ「奇跡の教室」で安藤美姫は女優デビューをした。実はこの時、幹純さんもこっそり一緒に出演していたそうなんです。出演の経緯はわかっていませんが、安藤美姫さんからの強い後押しがあったようです」(同上)

エキストラと出演していたようですが、俳優デビューをするためにはまだまだ遠い。
「アカデミーには1000人近いレッスン生が通っています。その中で事務所担当者の目に留まって所属できるのは極一部だけです。頑張っている弟のために、安藤美姫は親しいテレビ局関係者の元に足を運んでは、どんな役でもいいので弟に仕事を下さいと売り込み営業をしいるようです」(同上)

さらに、調べてみると2012年3月のソロモン流で安藤美姫は密着取材を受けたのだが、そこでも幹純と共演をしている。

安藤美姫は弟にここまで力を入れているのには、どうやら理由があるようだ。
「美姫さんは3年前の誕生日に幹純さんからブランケットをもらったのですが、それを試合にもっていったらノーミスで優勝したんです。世界選手権でも優勝することができたんです。そのため幸運のブランケットと呼んでいます。現役生活では弟が彼女にチャンスを運んでくれたので、今度は私が運んであげるという思いがあるようです」(スケート関係者)
素晴らしい兄弟愛ですね!

安藤美姫

将来は娘のコーチをして五輪で金メダルを目指す

2013年12月の全日本フィギュアスケート選手権2013年で7位に終わりフィギュアスケート選手として引退をした安藤美姫。引退後の進路が注目されていましたが、タレントにはならずにフィギュアスケートのコーチになることに決めたようです。

フィギュアスケートのオリンピックで叶えられなかった金メダルを獲る夢は1歳になる娘に託すそうです。1歳の娘を英才教育をし、安藤美姫がコーチとして母と娘二人三脚でフィギュアスケートをしていくという。まずは、安藤が娘と一緒にアメリカにコーチ留学することが決まった。

2014年4月3日の午後10時過ぎ、名古屋市内にあるホテルで知人らと談笑する安藤美姫の姿があった。
安藤はひまわりちゃんを抱いていた。
そして、この数時間後にフィギュアスケートのアイスショーに出演し、安藤、鈴木明子、織田信成の引退セレモニーが行われた。

安藤は母からの手紙が読み上げられるサプライズが用意されていた。
最後に、「スケーターとしては波があった選手だったけど、それが安藤美姫というスケーターであり、たくさんの人々に支えられてこおkまでこれたと思う。すごく幸せだった。ありがとうございました」と語った。
2014年4月3日は、安藤にとっては特別な日になった。
引退記念日とひまわりちゃんの誕生日なのだ。

安藤は2013年全日本フィギュアスケート選手権で引退を発表したが、実は最初に引退をしようと思ったのはかなり前からあったという。
「彼女が最初に引退しようと思ったのは、バンクーバー五輪で5位に入賞をした時でした。初出場のトリノ五輪で4回転ジャンプを失敗して15位と惨敗。その後、モロゾフコーチと組んで次の五輪に意欲が湧きました。そしてバンクーバーでメダルは手にできなかったけど満足できる滑りができた。それで引退を決意したんです。しかし、妊娠と出産という事態が起きたことで心境が変わったんです。母と支援者たちに子供の母として誇れるように、ソチ五輪を目指してみたら?と言われ、2年のブランクを経て挑戦したのです」(スポーツ紙記者)

引退後の安藤はバラエティー番組やイベントなどに出演しているが、今後はどのような道に進むのだろうか?
「プロとしてアイスショーに出演を続けながら、リポーターやイベントの出演などの仕事も続けるそうです。それでも一番の目標は近いうちに海外でコーチの勉強をすることのようです。ひまわりちゃんを連れて一緒にアメリカ留学したいそうです」(フィギュア関係者)

以前のインタビューでも安藤はこう話している。
「夢はあくまでフィギュアスケートのコーチになることです。それは9歳の頃からの夢です」

「すぐにコーチになるというわけにはいきませんが、海外で子育てをしながらトップの指導者の下でじっくりと教わりたいようです。そして、子供たちのスケート教室を開き、ひまわりちゃんにも教えて、トップスケーターになってくれたらと願っているようです」(フィギュア関係者)

五輪で金メダルが獲れなかった夢は、娘へとバトンが渡されたそうです。
今度は母娘の強力タッグで15年後にフィギュアスケート界を賑わしているかもしれませんね。

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