綾野剛の幼少期から高校時代まで!元ホームレスだった過去

俳優の綾野剛はモデル、音楽活動を経て2003年に「仮面ライダー555」で俳優デビュー。2012年にNHK連続テレビ小説「カーネーション」でヒロインと恋に落ちる役を演じ認知度を高めた。2013年にNHK大河ドラマ「八重の桜」に出演。2014年にはドラマ「すべてがFになる」に初主演しています。

綾野剛

Sponsored Links

NHK朝ドラでブレイクの綾野剛は元ホームレスだった

NHK朝ドラ・カーネーションで知名度を上げた綾野剛ですが、ブレイク前はホームレス生活をしていたそうです。高校卒業してからかなりの苦労をしたようです。

2012年、NHK連続テレビ小説・カーネーションの視聴率が急上昇していた。
不倫の恋を演じていた、俳優の綾野剛。
彼もこのドラマの演技で注目を集めていたが、驚きの過去があるのだ。
「テレビで渋谷のスクランブル交差点の映像を見て、ここに行きたいと思ったのが上京のきっかけだったそうです」(綾野の知り合い) 

「岐阜の高校を卒業した彼は、友人もあてもないまま憧れの渋谷に向かいました。ところが、寝泊まりする場所といえば公園しか思いつかなくて、代々木公園にたどりついたそうです。ここで彼は2週間ほど過ごしたそうです。田舎から出てきた若者は公園でも目立っていたようです。なんで若いのにこんなとこにいるんだと声をかけられたそうです」
代々木公園での生活も2週間になろうとするころ、先輩たちが綾野を心配して、ここから出て行くように言い聞かせたという。
綾野も忠告されて、実家に帰郷したそうです。 

一旦、実家に帰った綾野は、今度は準備を整えて再上京した。
俳優を志し、2002年に仮面ライダー555で俳優デビューする。
最近では、セカンドバージンの鈴木京香の息子役で注目されるようになる。
「綾野は、人に対して凄く真っ直ぐなんですね。人との向き合い方だったり、付き合い方といったものを、彼は代々木公園での経験から学んだのだと思います」
なんちゃってホームレスから2010年、綾野は俳優として開花した。

Sponsored Links

綾野剛の幼少期から高校時代まで!借金で自宅が競売に

いまでは売れっ子若手俳優になりクールがうりの綾野剛。そんな彼が幼少期どう過ごしてきたのか。クールな表情は幼少時代の苦労が背景か?

「剛くんがNHKのカーネーションに出てくると聞いた時、涙が出ました。私はあの子が小さい時によく面倒を見ていたから・・・」
その女性は目を潤ませながら静かに話し始めた。

岐阜県岐阜市で綾野は少年時代を過ごした。
綾野はいままでテレビや雑誌のインタビューで自分の家族や子供時代についてほとんど語ったことがない。
これは思い出したくない過去でもあるのだろうか?

話をしてくれた女性は綾野一家の近所に住んでいた女性だ。
「剛くんのお父さんとお母さんは共働きでした。お母さんはスナックを経営していたようです。私はお母さんとは電話でしか話をしたことがありませんが美人と聞いています。剛くんが幼稚園くらいのころでしょうか?ちびっこハウスに預けられていました。そこは深夜まで開いているので、飲み屋さんとか夜の仕事をしている方のお子さんもいました。でも、剛くんは小学校へ上がる頃から、小さい子ばかりで、ちびっこハウスは嫌だと言い出して、私の主人が彼のお父さんに仕事の間に、面倒を見てほしいと頼まれました。それで私が剛くんを預かることになったんです。土曜日の夜にお父さんが帰ってくるまでね」

彼女はそれから約3年間、彼を預かり、毎週土曜の午後6時頃から夜11時過ぎまで一緒に過ごすようになったという。
「私は服をプレスする仕事をしていました。よく、おばさん一緒に遊ぼうよと剛くんにせがまれました。仕事に疲れて一緒にテレビを見ていると、私が寝ちゃうんですよ。すると、おばさん、寝たらあかん。起きてよ!って起こされて。剛くんは寂しかったんでしょうね。だから、一番最初にテレビで剛くんを見た時、ちっともあの頃と変わらない顔をしていると思って涙ができました。あのまま大きくなった感じでした・・・」

綾野は小さい頃から足が速く運動神経も良かったそうだ。
綾野は小学校3年くらいから野球を始めている。
「うちの子と一緒にスポーツ少年団に入って野球をしていました。足が速くてセンターを守っていたけど、補欠でした。夜はよくうちに遊びに来ていました。両親が共働きで寂しかったのか、夜遅くまでうちの子と一緒にテレビを見ていました」
かなりの寂しがり屋だったそうです。

中学生までこの町で暮らした綾野は、やがて家族とひっそり引っ越していったという。
「お父さんは建築関係や車の販売などいろいろ仕事をしていましたが、うまくいかなかったようです。ローンの支払いが滞ったこともあったようで、自宅を差し押さえられたことがありました」(近所の住民)
自宅が競売にかかったのは、綾野が高校に入学した97年のことだ。
その後、この家は他人の手に渡っている。
綾野は高校を卒業した後、状況し2003年には仮面ライダー555で俳優デビューをし、いまに至る。
小学校時代の写真が掲載されていますが、寂しそうな目はいまと全く変わっていません。
幼少期からいまの雰囲気の綾野が作られたようです。
クールな雰囲気はキャラではなく、素の綾野自身のようです。

綾野剛

綾野剛が八重の桜の打ち上げで切れた

2013年10月、NHK八重の桜の打ち上げは終始和やかな雰囲気で会場は盛り上げっていたという。しかし、1人だけその空気に水を差す男がいた・・・。綾野剛は、なぜか不機嫌だったという。

八重の桜がクランクアップを涙で迎えた主演の綾瀬はるか。
その3日後、東京新宿で打ち上げが行われた。
夕方6時半開始で、NHKらしく、参加者から6000円を徴収していた。

綾瀬は、及川光博とともに会場に!
なぜか受付もせず、2人は揃ってトイレに向かう。
連れションか?と爆笑が起きていた。
参加者は、反町隆史、長谷川京子、剛力彩芽、水原希子。

「綾瀬さんは主役なのに、共演者やスタッフの間を回ってお酒を注いでいましたよ。そんな健気さが余計に目を引いていましたね」(参加したスタッフ)
最後は、はるかコールが起こり壇上でスピーチをした。
「最後までつつがなくこのお仕事をやり遂げられたのは、スタッフのみなさま、および共演者の方々のいいものを一緒に作っていこうとした強い思いのおかけです」

ドラマの撮影に綾瀬は頑張ったのだが、2013年9月29日の放送された視聴率は13.3%に終わってしまった。
この日、視聴率を気にするように、華やかな会場に似つかわしくない雰囲気を背負った男性がいた。
それが綾野剛だった。
「綾野さんは、女性スタッフと一緒に会場入りした時から、不機嫌オーラをまとっていました。確かに今流行のファッションなのですが、肩にジャケットをかけ、大股で風邪を切って歩く姿はヤンキーのようで・・・。怖さと冷たさを感じました」
そんな綾野のオーラをさっしたのか、綾野に近づく人は少なく、1人で酒を飲むことが多かった。

2次会が終わり、3次会のカラオケボックスに移ったのは、日付けも変わった深夜0時過ぎだった。
綾瀬は1次会、2次会とグラスを重ねていたため、すっかり頬は桜色に染まっていた。
年配の出演者から引き上げる中、2次会から徒歩で移動してきた佐藤B作は、若い女性を引き連れてハーレム状態だった。
3次会は50人ほどが集まった。

「この店は、ドリンクはセルフサービス。綾瀬さんはここでもひとり率先してみんなに飲み物を作ってあげていました。もう感激でしたよ。全員の人気を独り占めしていました。カラオケもいつもは歌わないけど披露していましたよ。一方の綾野さんはかなり酔っぱらっていましたね」(ドラマ関係者)

マネージャーに促され、綾野が店を出たのは午前3時過ぎ。
しかし、ここで信じられない光景を目にした。
終始、不機嫌だった綾野は、店を出るなり、マネージャーの手を振りほどくと、力の限り道端のフラワーポットに蹴りを入れた。音を聞いてびっくりした歩行者がこちらを振り向くほどだった。
慌ててマネージャーが、綾野を車に押し込むと、数メートル進んだところで車は停車し、10分ほど動かないままだった。
車の中でも暴れていたのだろうか?

その後、4時過ぎに3次会はお開きになったみたいですが、この後、綾瀬を含め20人ほどで4次会を行ったそうです。
綾瀬が参加したのは、始発を待っていたスタッフがいたので気を使って参加したそうです。
とても親切な対応で評判を上げた綾瀬と、常時不機嫌で評判を下げた綾野・・・。
綾野はなぜ怒っていたのでしょうか?

Sponsored Links

コメントを残す

このページの先頭へ