長谷川博己は白石美帆と熱愛も破局!彼女・鈴木京香と結婚は

Sponsored Links

俳優の長谷川博己は、2001年に文学座研究所に入所。2002年に「BENT」で初舞台。2006年に退座後、演出家の故・蜷川幸雄氏の舞台「から騒ぎ」など多くの蜷川作品に出演。2010年に脚本家の大石静さんに抜擢された映画「セカンドバージン」に出演。2011年にテレビ東京系「鈴木先生」で連続ドラマ初主演。同年に日本テレビ系ドラマ「家政婦のミタ」に出演しています。

長谷川博己

Sponsored Links

長谷川博己と白石美帆との熱愛発覚

2008年11月中旬のある週末、東京・港区のイタリアンレストランからふたりの美女が笑顔で出てきた。女優の白石美帆と伊東美咲だった。
ふたりは「電車男」「サプリ」と何度も共演し、それからプライベートも大の仲良し。
白石は自身のブログで『友達や家族や仕事、プライベートを含め、色々な痛みをわかってくれる女性だし、親身になって相談にのってくれる』と明かし、伊東とは何でも打ち明けられる「姉妹みたいな関係」だとも綴っている。

この日もふたりは恋バナに花を咲かせたのだろうか。
そんな白石だが2年ほど恋の話がない・・・。
しかし・・・久々に見せた恋する乙女の顔を。
それより少しある日の前のこと。
東京・目黒のインド料理店で、白石は店の奥のテーブル席にイケメン男性と向かい合って座っていた。
「彼が店員さんに白石さんが食べたいメニューをこれどれくらいの辛さ?と聞いてあげていました。料理が運ばれてくると、ふたりでカレーをお皿によそい合って、楽しそうな雰囲気でしたよ」(居合わせた客)

白石美帆

頼み過ぎた料理は少し残ったみたいだが、ふたりは終始笑みをうかべていた。
お会計を彼が済ませ、店を出たふたりは、目黒駅近くの大通りへ。
通りは人が多く、あたりはかなりごった返していたが、白石はそんなことを気にする様子はまったくなく、男性の腕にギュッとしがみつく。ときおり、彼の顔をのぞき込むように上目遣いで見つめたり、白石の方がゾッコンといった様子。
超ラブラブであることを隠しようもなく、また隠すこともないこのふたり。
白石が停めてある車の駐車場まで片時も離れることはなかった。

このカレは2001年に文学座研究所に入所、2006年には座員となり舞台を中心に活躍する長谷川博己。
その後、文学座を退団し、2007年の小栗旬主演の舞台「カリギュラ」に出演。
2008年、永作博美主演のドラマ「四つの嘘」で出演した。
ふたりの件について白石の事務所に週刊誌がたずねると。
「もう大人なので交際は本人にまかせています」
一方の長谷川の事務所はノーコメントだった。

実は白石は2009年2月に「罠~わな~」での舞台初主演が決まっていた。
もともと白石は「1ヶ月に5本はみる」と公言するほど舞台好き。
「白石さんは長谷川君の舞台を見にいって顔は知っていたみたいなんですが、共通の友人の誕生パーティーで再会して親しくなったと聞いています。とくに舞台の話を通じて、意気投合したようで、いままでは演技のことだとか、いろいろと相談したりして、信頼は厚いようですよ」(演劇関係者)
真剣な交際をしていたみたいです。2011年に破局してしまいました。

長谷川博己

長谷川博己の下積み時代!先輩にいじめられていた

コネがある俳優は別ですが、コネのない俳優は常に下積み時代があります。下積みをしても売れなくて消えていく人が多い中、ドラマ・セカンドバージンに続き、家政婦のミタも注目された。そんな長谷川博己にもきつくて苦しい下積み時代があったようです。ここまで頑張ってこれたのは父の助言と小栗旬の存在があったからのようです。

2011年11月、放送されていたドラマ・家政婦のミタでダメ男役の阿須田恵一を演じていた長谷川博己。
セカンドバージンで見せたクールなイメージからは一転、ダメ男を演じて高評価を得ていた。
その演技にはカメレオン俳優と称されていた。 

1977年3月、東京・八王子に建築評論家の父と専業主婦の母の間に生まれた長谷川。
小さい頃から映画が大好きで小学校からひとりで映画館に行っていた。
当時は役者より映画監督に惹かれていたという。
小学2年からの1年間、イギリス暮らしを経験。
このとき、現地の日本語学校ではなくて、現地の学校へ強制的に入れられた。
言葉が通じなくてもなんとか友情を育み、順応性を培った。 

長谷川博己

中学と高校はバスケットボール部だったが、大学4年の時に転機が訪れる。
劇団をやっている知人から「団員がひとり逃げちゃったから代わりにでてほしい」と誘いを受け、素人にも関わらず舞台にでた。
こうして俳優としての長谷川博己がはじまった。
役者の魅力に目覚めた長谷川は、他の学生が就職活動をする中、劇団の試験を受けまくっていた。
しかし、父が猛反対した。
「長谷川さんのお父さんはとにかく仕事をしろ!そうじゃなきゃ認めない!と反対したそうです。それで長谷川さんは知人のイタリア料理店に皿洗いさせて下さいと頼み込んで、劇団に合格するまで働き父を説得したようです。でもすぐに店はやめちゃいましたが」(舞台関係者) 

それから1年後の2001年、大手劇団の研究所に入所する。
しかし、最初の1年は役をもらえるわけでなく、ただ先輩たちのいじめに耐える日々だったという。
「上の人に挨拶をしても返事しないし、こっちが下っ端だと思って、何でもかんでも命令してくると愚痴ってましたよ。かなり苛立っていたのでしょう。やめたいという話もありましたよ」(当時の劇団関係者)
一度本気でやめたいと考えたが、彼は見返してやろうと思いじっと耐え続けた・・・。

Sponsored Links

超貧乏生活も俳優として有名になるこを諦めなかった

2002年にBENTで初舞台を踏み注目を集める。2005年には、KITCHENに出演し実力が評価され2006年にようやく正式の劇団員になる。しかし、8ヶ月後には自由な活動を求めて劇団を辞める。
役者として少しずつ仕事が入ってきた長谷川だったが、生活はかなり苦しかった。
「劇団員時代は家賃7万円のボロアパートに暮らしていて、ダニがでてたまらないといってました。それにご飯を食べれないほどで、役者になる前に皿洗いをしていたイタリア料理店に泣きついて出世払いで毎日ご飯を食べさせてもらっていたようです」(劇団関係者) 

超貧乏生活を送りながら、他人の力を借りてでも俳優として有名になることは諦めなかった。
さらに舞台・カリギュラで共演した小栗旬から受けた影響も大きかった。
「小栗くんと出会って、長谷川くんは価値観が変わったなんて話してました。年下だけど、舞台、テレビ、映画で活躍している彼から刺激を受けて、自分も舞台だけにこだわるんじゃんかうて、新しい分野に挑戦しないといけないと決意させられたようです」(舞台関係者)
人気俳優の仲間入りをした長谷川だが、生活は全然かわっていないという。
ダニアパートからは引っ越しをしたが、家賃10万円ほどのワンルームマンションに住んでいる。
「ブレイクしたといっても日が浅いですから。すぐにギャラが高額になるということではないようです。」(長谷川の知人) 
本人からすればまだまだ下積みだったようです。

鈴木京香

長谷川博己が鈴木京香と交際も破局危機!長谷川の女癖の悪さが原因

ドラマ・セカンドバージンの共演をきっかけに交際へと発展した女優の鈴木京香と長谷川博己でしたが2013年9月、破局の噂が。沖縄に2人で極秘旅行をしたり、鈴木京香の家に長谷川が通うなどの姿が報じられてきましが・・・。

なんと、セカンドバージンで共演し同棲までしていた鈴木京香と長谷川が別れたという噂も流れた。
その理由が興味深かった。
「長谷川のヤサ男ぶりに飽きてしまったそうなんです。実は鈴木のタイプは超マッチョ。これまで付き合った男を見れば一目瞭然です。堤真一や真田広之もがっちりしていたでしょう」(芸能プロ関係者)

もっとも長谷川も鈴木に嫌われまいと、あの細い体に筋肉を付けようと努力はしていたそうだ。
「2013年、知人の紹介で始めた加圧トレーニングにはまっていました。ところが、体を鍛えても中々筋肉がつかない。もともと贅肉のない体なんで、細かい筋肉は付くだけ。なんとか逆三角形の体にもなろうとしていたが実現しない。それが本人もコンプレックスになっている」(同上)

さらに、鈴木が長谷川を振ろうとした理由のもう一つが、長谷川の浮気癖だった。
八重の桜で共演している綾瀬はるかに、すっかりのぼせ上がってしまったという。
「綾瀬とは付き合ったわけじゃないが、長谷川は必死になって口説いていたという。彼は、ああ見て、かなり女に手が早い。もっとも鈴木もドラマ共演で口説かれたクチだから、彼の気持ちを知り、鈴木が部屋から追い出したというのが真相だ」(事情通)

しかし、2014年1月に2人が結婚するとスポーツ紙が報道。2人は2013年夏ごろから結婚を意識していたという。同棲は2015年7月に解消してた。理由は鈴木が母を地元仙台から呼び寄せ、自ら面倒を見るために同棲を解消したという。現在、長谷川との交際は続いており、母親と一緒に住む鈴木のマンションへ長谷川は通っているという。長谷川とのことは親公認の仲ということになれば2016年にはついにゴールインか。

Sponsored Links
Sponsored Links
Sponsored Links

コメントを残す

Sponsored Links

このページの先頭へ