一青窈は小林武史と不倫略奪婚失敗!結婚した旦那は山口周平

歌手の一青窈は、父は台湾出身、母は日本人。2002年10月にシングル「もらい泣き」でデビュー。2004年2月にリリースしたシングル「ハナミズキ」がヒット。2007年1月から音楽プロデューサーの小林武史と交際も、2014年10月に破局。2015年4月にギタリストの山口周平と結婚し、妊娠していることを発表しています。

一青窈

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一青窃が略奪再婚失敗!小林武史と破局?

結婚間近だと言われていた一青窃と小林武史が2009年11月に破局報道。同棲までして交際も順調だったのですが・・・。別れた理由とは一体・・・

「幸せに見えるかも知れないけど、みんなが思ってるほど幸せではない気がする・・・」歌手の一青窃が、2009年とあるインタビューでこんな心境を明かした。
「最近になってふたりは別れたと聞きましたよ。本格的に同棲してから長くたつの、彼が結婚を決断してくれなかったことが大きかったみたいです」(芸能県警者) 

彼とは音楽プロデューサーの小林武史。
小林自身がプロデュースした音楽ユニット「マイ・リトル・ラバー」のボーカルakkoと結婚、ふたりの娘に恵まれた。
しかし、2007年1月に一青との不倫が報じられて2008年1月に離婚。
その後、一青のマンションでふたりは同棲を始めた。 

「よく一緒に帰ってくるのをみかけましたよ。手をつないだり、腰に手を回したり・・・。小林さんの離婚が成立した後だったので、もう再婚したのかなぁって思ってたんですけどね・・・。この1ヶ月ぐらい、もうばったり小林さんの姿をみかけなくなりました」(マンション住民)
またふたりがよく訪ねていたイタリアンレストランやカフェでも・・・。
「別々ではいらっしゃるんですが、ふたり一緒のことがなくなりました」(カフェスタッフ) 

どうやら同棲は解消されているようだ。
「一青さんは、早くに両親を亡くしているせいもあって、幸せな家族への憧れが人一倍強いんです。早く結婚したい、子供が欲しいってよくいっていました。でも結果、略奪は失敗ってことですよね・・・。小林さんはakkoさんとの間に子供がいますし、再婚について、ずっとのらりくらりかわしてきたんです。そんな彼に一青さんは納得出来なくて、何度も喧嘩を繰り返してたんですけど、限界だったんでしょう」(音楽関係者)

世間から大バッシングを受けた略奪愛は失敗に終わったようです。

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破局したはずの一青窈と小林武史が復縁

略奪不倫をし結婚間近といわれていた一青窈と小林武史ですが、2009年まさかの破局、でもやっぱりふたりは離れられなかったのでしょうか?一青窈が開いたパーティーに小林武史が参加した。

それは多くの若いカップルでにぎわうクリスマスの夜。
一度は破局したはずのふたりがひっそりとパーティーを開いていたのは東京・目黒にあるダイニングバーだ。
「一青窈さんがパーティーを開いたんです。店を貸し切って14~15人が集まったそうですが、そこに小林武史さんも来たんですよ」(音楽関係者)
2007年1月、マイ・リトル・ラバーのボーカルakkoと結婚していた小林武史との不倫が報じられた一青窈。
2008年、小林が離婚したことを機に同棲を始めたふたりが、2009年の10月ごろに同棲を解消したという。

「一青窈さんは結婚願望が強く、子供もほしがっていたんですが、前妻であるakkoさんとの間に子供がいる小林さんは再婚について消極的だったんです。でも、いまはお互いに話しあったのか、籍をいれないまま事実婚でやっていこうと考えているようです」(一青の知人)
復縁パーティーともいえるこの会でふたりは仲良く隣同士に座っていた。
「氷川きよし、森山直太、清水ミチコ、光浦靖子など、一青と仲の良い友人たちとそのスタッフらが参加しました。清水さんと光浦さんの頑張りもあってパーティーは盛り上がりました」(音楽関係者) 

そして一番盛り上がったのはプレゼント交換。
「きよしのズンドコ節に合わせてプレゼントをまわしていき、歌が終わった時に手元にあった人に贈ろうとなったんですが、みんなふざけてサビの部分を延々繰り返すから終わらない。氷川さんもぼくの曲はそれだけじゃないと、ちょっとむっとしていたそうですよ」(音楽関係者)
この後もパーティーは盛り上がったまま終わったようです。
一度は破局したふたりでしたが、事実婚として交際していたようです。

小林武史

一青窈が小林武史と3度目の復縁も破局!山口周平と結婚へ

小林武史に結婚の意思がないことが原因となって別れていたふたりですがまた復縁。新たに同棲をスタートさせたが今度は完全破局。一青はギタリストの山口周平と結婚へ。

「私たちが今日このライブを目いっぱい楽しむことが、いちばんハイチに通じるはず」
2010年2月23日に行われたハイチ地震被災支援ライブでそう挨拶した一青窈。
その横には音楽プロデューサー・小林武史の姿があった。
ふたりは2009年に破局が報じられた。
早くに両親を亡くし幸せな家族への憧れが強い一青に対して、小林が結婚を決断出来ずに破局して同棲を解消した。 

午後10時過ぎ、ライブが終わると出演者たちはそのまま小林が経営する渋谷区にあるレストランバーへ移動。
20人以上で大盛り上がりし、小林はワインを片手に一青の横に座談笑するシーンも。
まるで破局報道がなかったような仲のよさだ。
一青は1時間ほどで退席し、車で5分ほどのマンションへ帰って行った。
それから4時間後の深夜3時過ぎ、ようやく散会になり、小林が店の外に姿を現した。
小林が徒歩で向かった先は、一青が先に帰宅したマンションだった。
周囲を警戒し、正面玄関を避けてわざわざ別の道を歩き、裏口へと消えていった。

破局報道から2ヶ月、ふたりは復縁したのか?
ふたりをよく知る音楽関係者が語る。
「また同棲を再開させたようですね。2009年12月の破局前後、小林さんはひどく落ち込んでいましたね。男女のことは謎が多くて困ると、口グセのようにいってましたからね」

一青が小林との不倫を最初に報じられたのが2007年1月。
その1年後に、小林とakkoは離婚した。
「実は、2009年12月の破局前にも、一青さんと小林さんは一度別れたことがあったんです。小林さんは中学生と小学生になるふたり娘のために、一時は家族で海外にいってやり直そうと心に決めた時期もあったと聞きます。あの不倫騒動以降もakkoさんは、離婚は絶対にしないとはっきり言ってましたからね。それでも離婚を決めたのは、一度できてしまった夫婦の溝が埋まらなかったからのようです」(音楽関係者)

今回ふたりの復縁の背景にはこんな出来事があった。
「別れても仕事では一緒になりますからね。ハイチの件はakkoさんも心を痛めたと聞きますが、小林さんが一緒に何かしようと先に声をかけたのは、やはり一青さんでした」(別の音楽関係者)
3度目の正直を誓い合ったふたりが、今度こそ無事にゴールインと思われてきたが、2014年10月に完全破局していた。

その後、一青は2015年4月に2歳年下のギタリスト、山口周平と交際約半年でのスピード結婚。山口はMISIAなど歌手のレコーディングやライブでサポートギターを務める。一青は妊娠しており、2015年秋にも出産予定だそうです。

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