蟹江敬三は悪役ばかりで息子・蟹江一平が反発も!妻も劇団員

俳優の蟹江敬三は1965年に劇団青俳に入団し「あの日たち」で初舞台。1966年にTBS「おかあさん」でドラマデビュー。1967年に「あゝ同期の桜」で映画初出演。1968年に妻・綾子さんと結婚。その後、時代劇「大江戸捜査網」「影の軍団3」や刑事ドラマ「スケバン刑事2」などで名脇役として活躍。2002年からテレビ東京「ガイアの夜明け」のナレーターに。2005年には「MAZE マゼ」で映画初主演。2014年3月に胃がんのため亡くなっています。娘の栗田桃子、息子の蟹江一平も俳優。

蟹江敬三

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蟹江敬三の俳優人生50年!悪役ばかりで息子に嫌われた

名脇役として有名な俳優・蟹江敬三さんは胃がんのため2014年3月に亡くなりました。刑事ドラマなどには欠かせない俳優でした。実はテレビ東京「ガイアの夜明け」のナレーターを12年間も務めており、もうあのしぶい声は聞けなくなりました。最後は体調を崩しながらもドラマの撮影を頑張っていたそうです。

俳優としては悪役が多くて、息子・蟹江一平に猛反発されたことがあったそうです。そんな息子が父・蟹江さんを憧れ俳優の道を選んだことが一番嬉しかったようです。蟹江さんの俳優人生50年を短く振り返っています。

蟹江一平

「蟹江さんは2013年12月に体調を崩し胃がんと診断されてからは、入退院を繰り返していました。葬儀は2014年4月2日に家族で済ませたそうです」(テレビ局関係者)

2014年3月20日に胃がんのため都内の病院で亡くなった蟹江さん。
蟹江さんは2014年1月に12年間ナレーターを務めてきたガイアの夜明けを降板。
「2月18日から3月18日放送分までの1ヶ月間だけは復帰しました。その時は、本人もがんとわかっていたようです」(同上)

蟹江さんは、高校卒業後、演出家・蜷川幸雄が役者として在籍していた劇団青俳に入団。そこで妻・綾子さんと出会う。

「年齢は妻の綾子さんのほうが1つ上ですけど、同時期に劇団入りした同期生。寡黙で人付き合うが苦手な蟹江さんにとって、社交的で話好きのな綾子さんは特別な存在だったみたいです」(芸能関係者)

 1968年に、蟹江さん23歳で結婚。それを機に綾子さんは劇団を辞め、蟹江さんを支える決意したという。夫の舞台収入だけではとても生活できないため、妻も働きに出た。悩み続けた蟹江さんを変えたのは、子供たちだった。長女・栗田桃子と、長男・蟹江一平は、そろって劇団に所属し、父と同じ役者人生を歩んでいる。

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実は俳優をしている中で若い頃は悪役ばかりだったので、こんな苦悩もあったようだ。
「蟹江さんは30代半ばまで、野性的な顔立ちとイメージがあるため、演じるのがほとんど悪役でした。そのため思春期の息子が猛反発したことがあったそうです。でも、劇団一家になってからは仲むつましい親子でした」(演劇関係者)

蟹江さんも子供たちが役者人生の道を選んだことを大変喜んでいる。
「息子さんが演劇賞を受賞した時の蟹江さんの嬉しそうな顔は忘れられません」(同上)

蟹江さんが2013年に出演したNHK連続テレビ小説「あまちゃん」では、主人公・アキの祖父である忠兵衛を演じた。
忠兵衛は、宮本信子演じる妻を家に残し、漁業で1年に数えるほどしか帰ってこない設定で、それでもお互いをいちずに思い続ける夫婦の絆が描かれている。
この夫婦の愛こそが、これまで硬派な役ばかりこなしてきた蟹江さんが、いつか挑戦したいと願っていた役なのだ。

蟹江さんは2004年のインタビューで、「恋愛ドラマ。大人の精神世界を微妙な心の動きを細かく表現したい。実生活で縁がないから、憧れているんだ」と語っている。
最後の最後に夢であった役柄をあまちゃんで叶えられ、帰らぬ航海へと旅だっていかれました。

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