喜多嶋舞の息子の父親は大沢樹生ではない!現在は再婚し引退

元女優の喜多嶋舞は1986年にカメラのCMでモデルとして芸能界デビュー。1988年にフジテレビ系ドラマ「ときめきざかり」に主演し女優デビュー。1996年6月に元光GENJIの大沢樹生と結婚。1997年1月に長男を出産するも、2005年9月に離婚。2007年に一般男性と再婚。2015年11月いっぱいで芸能界を引退しています。

喜多嶋舞

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喜多嶋舞と大沢樹生の長男は一体誰の子供

大沢樹生と喜多嶋舞は1996年6月にでき婚をしました。誕生したのが2014年当時16歳の長男です。大沢と喜多嶋が2005年に離婚してからは、長男の親権を大沢が引き取り、大沢が長男へのDV騒動などもありましたが、男手一つで育ててきました。

DV騒動(思春期?)はあったものの、父と子の信頼関係は回復をし、大沢の再婚相手の女性と3人での同居生活をしていましたが、突然、大沢が子供の容姿などに疑問を持つようになり、DNA鑑定をした結果、自分の血を受けて継いでいない他人の子供だったと発表!しかし、これに長男はこれに反論し、自分がDNA鑑定の結果を見たら「99.9%親子関係だと書かれてあった!」と言っていました。

2013年12月30日に大沢がブログで、長男の父親が自分ではなかったと衝撃の事実を発表した。これにより、喜多嶋舞は最低だ!ビッチだ!といった批判が殺到をしました。

1996年6月に大沢と喜多嶋はでき婚をし、1997年に長男A君が誕生。しかし、2005年に性格の不一致で大沢と喜多嶋は離婚しました。離婚後は通っていた学校が大沢の家から近いこともあって、大沢と暮らしていたA君。2007年に喜多嶋が7歳年上の出版社社員と再婚すると、A君の真剣は大沢に移った。2008年には、大沢も15歳年下の元モデル女性と再婚し新たな生活が始まっていた。

しかし、A君が成長していく中で、性格、体格、顔、どれをとっても自分に似ていないと思うようになっていく。
大沢は現在の妻との間に妊娠をしたものの、死産したことで、自分のDNAには異常があるのではと思うようになり、2013年2月に長男とDNA鑑定をした結果、父性確率0%という結果になった。

「このことで大沢さんはショックでご飯も食べれなくなったそうです。2013年4月に鑑定結果を喜多嶋さん側に伝えたそうなんですが、聞く耳をもたなかったため、7月に家庭裁判所に親子関係の不存在の確認を求める調停を申し立てました。双方の弁護士を入れて協議している最中なんです」(大沢の知人)

喜多嶋は、この件について、「16歳の少年を巻き込むようなことを、なぜ今このようなことが突然書かれるのか非常に憤りを感じております」と怒りの声明を出した。

喜多嶋がこの声明を出したのは、DNA鑑定を信用していないからだそうだ。
「喜多嶋さんは、今回の鑑定結果を信用していないようです。なぜなら大沢さんは、1月中旬にも再婚相手との間に子供が生まれる予定なんです。一連の騒動は、この出産を機にA君の籍を抜きたいと考えた大沢さんが仕組んだものと喜多嶋さんは考えているようです」(喜多嶋の知人)

大沢が最初にA君が自分の子ではないと疑問に思った事件があったという。
それは喜多嶋との結婚半年後のある夜、泥酔して帰宅した彼女が泣きながら、「君が産んだ子は、おれの子じゃないのか?と俳優で映画監督の奥田瑛二に言われた」と告白したのが始まりだったと報じられている。
奥田は事実無根と完全否定をしているが、大沢が示した鑑定結果が本物であれば、父親は一体誰になるのだろうか?

現在、DNA鑑定には、いくつかやり方があるそうですが、ネットで申し込むタイプもあるそうです。
その場合だと、「DNAサンプル採取キットが自宅に送られてくる。説明書にそって口内の粘膜を採取し、それを返信用封筒で送るだけ。DNA鑑定業者は病院ではないので、保険証も身分証もいらない。結果は親子確率が0%か、もしくは99.9%のどちらかになります」(医学博士)
しかし、長男が週刊誌の取材に応じていましたが、大沢と長男は、病院でDNA鑑定をしています。

大沢としては、喜多嶋に自分の子供ではないということを認めさせたいようですが、喜多嶋は鑑定結果を信用していない。
今後は、弁護士を挟み裁判になる可能性が高いようです。
「裁判所が鑑定のやり直しを要求するケースがあります。その場合は、裁判所が認定した業者で検査をし直すことになりますが、そこでの結果次第になるのではないでしょうか」(離婚に詳しい弁護士)

DNA鑑定の結果、長男を傷つけてしまったと謝罪をする大沢樹生。

大沢樹生

喜多嶋舞が反論!長男の父親は大沢樹生です

喜多嶋舞と大沢樹生の子供だと思われていた長男ですが、DNA鑑定の結果、父子の関係は99.9%違うという結果になったことを大沢がブログで報告。その後、喜多嶋は、「私的なことでお騒がせして大変心苦しく思っております。少年を巻き込んだ報道に非常に憤りを感じております」とコメント。長男はDNA鑑定の結果を内緒でみたら、父子関係は99.9%血の繋がっている親子だと言っていました。

「大沢さんが記者会見で話してるのをテレビで見て、あまりにも悲しくて・・・。なぜ、事実でないことをあそこまで平然といえるのかと。私が泥仕合を挑んでいるかのように言われていましたが、私はこれまでプライベートのことに関しては一切話しておりません。そもそもどうしてこんな情報が漏れるのでしょうか?そのことにずっと不信感が募っています。息子は大沢さんの会見を見て号泣していました」

所属事務所を通じてコメントを発表して以来、これまで喜多嶋は沈黙を守ってきた。
そして、初めて喜多嶋が胸中を打ち明けてくれた。
一連の騒動の始まりは2013年4月のことで、大沢から弁護士を通じて届けられた一通の書類だったという。

書面で「息子のことで打ち合わせをしたい」ということでした。
私がその弁護士さんに電話をしたら、「とてもプライベートなことで、電話だはお話しできません」と言われたので、それで主人(2007年に再婚した夫)に話ししたら、「僕が聞きに行くよ」と言ってくれたので、そのことを伝えたら、「よろしいんですか?夫婦関係にひびが入りますよ」と弁護士がいうんです。
結局、はっきりしないので、こちらも弁護士を通して話しをしてもらうことになったんです。

そこで、「DNA鑑定の結果、長男と大沢さんは親子関係にないと伝えられて、おまけに実の父親は奥田瑛二さんとまで決めつけられたんです。もう、何を言ってるの?本当にありえない!と驚きました。無関係な人の名前まであがって、ご迷惑をおかけして・・・」

喜多嶋舞

突然の通告に、大沢の真意がまったく理解できなかったという喜多嶋。
その後は、長男に会おうとしても、鑑定結果を認めないと会わせられないと言って、取り合ってくれなかったそうだ。
そのような状況が続いたので、喜多嶋は弁護士を通じて、親権の変更を要求することに踏み切った。

それから、「長男を引き取って、成人するまできちんとした教育を受けさせたい」と、こちらも弁護士を立て、親権を取り戻すべく話しを勧めたんです。

話し合いが進んでいくうちに、ようやく長男と会うことができた喜多嶋は、大沢の承諾を得た上で、ロサンゼルスで住む喜多嶋の両親の家に預けた。
長男は海外に住む生活に憧れていたこともあり、ここで挑戦してみたいという意志を固めていた。
しかし、現地で生活するためには、ビザの取得が必要だった。
そこで、喜多嶋の両親に養子縁組という形で親権を両親に移した。

私たちが米国にいる間に、大沢さん側から今度は一転して、「親権者変更の申し立てをするので、長男を二度と言えに帰さないでほしい」と連絡があったんです。
その時も、とにかく一方的でした。

そして、2013年9月17日に初めて家庭裁判所で大沢と喜多嶋が調停のため顔を合わせる。
その日の家庭裁判所での調停は親権に関する話し合いで、DNA鑑定書の有無は無関係でした。
それでも、彼はとにかく鑑定書のことを主張したかったんでしょう。
大沢さんは、声を荒げて裁判官の方や弁護士の前で、「これだけが理由じゃないぞ!」と怒鳴るんです。
お座り下さいと言われると、大沢さんは「チッ」と舌打ちをして乱暴にイスに腰を下ろして・・・。
もうみんな唖然としてましたよ。

離婚後、長男の親権は私の元にありました。
息子は私の家と先方の家と自由に行き来できるようになっていたのですが、ある時、大沢さんが長男と海外旅行に行くためにパスポートを更新してほしいと言われたんです。
申請は親権者の私がしたのですが、できあがったパスポートを大沢さんが窓口に取りに行ったら、親権者ではないので受け取ることができなかったらしいんです。
その日から、パスポートすら受け取れないなんて・・・親権を返せ!と脅迫まがいの電話が連日かかってくるようになり、私の両親と相談をして、仕方なくあちらに親権を渡すことにしました。

DNAの再鑑定については、喜多嶋は応じるという。
大沢さんが鑑定書を突きつけた際にも、弁護士さんを通じて、「長男に鑑定の話しをするのは、彼のためにも18歳になるまで待とう」とお話しをしていたのですが・・・。
あちらの弁護士さんが、そのことに関する合意書を作成しているさなかに、あのような形で報じられたんです。

私は断言します。
長男の父親は大沢さんです。
ですから、大沢さんが言っていることはありえないと、あちらにもお話しをしています。
もし、お腹の子が別の人の子だったら、産みますか?
息子は今、アメリカで心機一転頑張っています。
独り立ちできるようになったころに、長男が望むなら再鑑定をすればいい。
ただ、いまはそっとしてあげてほしいです。

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喜多嶋舞の長男の父親は大沢樹生ではなかった

長男は当時、友達などに自分の父は大沢樹生ではなかったと言っていたという。長男はまだ若いので思春期みたいなのもあるのでしょうか?言ってることが二転三転していたようです。

「大沢さん、ずっと大切に育ててきた息子とDNA鑑定をしたら、親子関係0%だったらしい。あんなに子煩悩なお父さん、私は見たことがない。心よりさんには今の奥様と幸せに暮らしてほしい」
このような書き込みがネット掲示板に2013年11月に書き込まれた。

大沢と長男のA君の父子関係0%が報じられたのは、2013年12月末だ。
つまり、この問題がメディアで報じられる前から、大沢の周辺ではこの噂が囁かれていたようだ。
しかも、取材を進めていくと噂を広めた人物もわかった。

大沢は2013年2月にDNA鑑定を受ける。
そして1ヶ月後の3月に出た鑑定結果は、「父子確率0%」だった。
しかし、これに対してA君は、「鑑定書を内緒でみたら、親子関係99.9%だと書いてありました」と言っている。
大沢はこの件について、「長男は100%鑑定結果をみれる状況ではなかった」と反論をしている。
大沢のこの結果内容について、喜多嶋は週刊誌で反論し、「断言します。A君の父親は大沢さんです」と言っている。

A君の父親は誰なのかの問題は、ここで止まっていた。
しかし、2013年11月にはすでにこの話題は大沢の周辺で話題になっていた。
大沢が住んでいた自宅周辺に住む主婦がこんな証言をする。
「2013年の秋ぐらいでしょうか?大沢さんと息子さん、本当の親子じゃなかったらしいよっていう話が子供達の間から出回りましてね・・・。当然、親たちはそんなことをいうもんじゃないと怒りました。大沢さんは、A君が小学校時代の時は、積極的にPTAや学校行事にも参加していました。今もこの辺では友達が多いんです。A君と仲良しの友達もたくさんいますよ。でもデリケートの問題なので、直接本人に聞くこともできず・・・」

そして、その後すぐに週刊誌でこの件が報じられるようになる。
噂だと思っていた大沢の周辺の人物はびっくりしたそうだ。
そして、この噂を流していた人物について、近隣住民は証言する。
「この話しを流してたのはA君本人ですよ。俺、パパの本当の子じゃなかったんだって・・・。自分から友人に言っていたそうです」

大沢は鑑定結果をこれまで息子に伝えたことはないと話しをしていた。
「大沢さん本人がA君に伝えたのかわかりませんが、A君はどこからか父子確率0%という話しを耳にしたようですね。友人に淡々と話していたみたいで、友人たちも子供なので、事の重大さがわからず、それぞれの親に話したそうです」(別の近所の人)

その後、週刊誌でA君が、「僕は99.9%親子」と答えたのはなぜなのだろうか?
A君が2013年11月頃から、友達に父子関係0%のことを話していたことは、大沢は知らなかったようだ。
現在、大沢と喜多嶋はそれぞれの言い分を主張し、弁護士を通じて調停を起こしている。
しかし、話し合いは平行線のままのようだ。
となると、民事訴訟になり、裁判になると、DNAの再鑑定などが行われる。

2015年11月19日の裁判の判決が出た。裁判では、婚姻から200日目に出生した長男は民法772条2項で親子関係が推定されず、DNA鑑定でも大沢が父親ではないという結果があり、大沢の勝訴となったが、喜多嶋は「父親は大沢さんに間違いありません」と改めて反論。そして、2015年11月30日に芸能界を引退しています。

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