黒田勇樹と中村瑠衣はDV騒動の末結婚1年半で離婚!現在は

元俳優の黒田勇樹は1988年にNHK大河ドラマ「武田信玄」で俳優デビュー。1990年にミュージカル「オリバー!」で主役に抜擢。1998年には山田洋次監督の「学校III」に出演。2012年8月に歌手の中村瑠衣との結婚も、2013年5月に離婚しています。

黒田勇樹

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月収7千円で失業手当申請!8年付き合ってた彼女とも別れた

黒田勇樹と聞いて、若い人などはわからないと思います。子役で売れた俳優です。その後も、ドラマなど出演していたんですが、いつの間にか芸能界から消えていました。どうやらやめた理由は、当時交際していた彼女との破局に?芸能界は一度休んだりしてしまうと復帰(仕事をもらう)がかなり難しいようです。

「俳優としての収入もさがってきたのが、無職になるきっかけですかね。今まで俳優しかやってなかったので、30歳になる前に他のことをやってみたくなったというか・・・」
2010年3月に所属事務所を退社し2011年6月、フリーター生活だった黒田勇樹。
黒田は1歳でモデルデビューし、6歳でNHK大河ドラマ・武田信玄出演から俳優の道へはいった。 

芸能界から退いたという黒田が、都内のトークイベントに登場したのが2011年6月4日。
「来月の収入すらわからない」
「残り1万2千円で生活する」など、赤裸々に語り話題に。
そして、週刊誌に暮らしぶりを告白した。
「俳優をやめる前に、8年くらい付き合ってた彼女と別れました。同世代の一般女性で結婚も考えましたが、破局したことで彼女を養うような仕事もしなくてよくなったというのが、やめるきっかけのひとつだったのかもしれない」 

その後は、次のようにして生活費を稼いだという。
「テレアポ、印刷屋、引っ越し。なかでも引っ越しのバイトでは俳優の黒田さんでしょ?とおばさんに聞かれたことがあります。今の現状を説明したら、いろんなお仕事をすればきっと勉強になりますよって千円を握らされました(笑)。俳優時代の仕事では、CMナレーションの仕事で時給60万円なんてのもありましたね。でも、バイトとでは責任感が違いますね。」
彼は現在、黒田運送というHPを立ち上げている。
「このHPには一応、広告も載せてあります。この4ヶ月でHPの広告収入は総額で2万8千円くらいです」
月収にすると7千円・・・。
「以前、雇用保険に入っているバイトもやってたからいま失業保険を申請中です。ただ、1日4時間以上の仕事をすると手当がもらえないようです。今回のインタビューみたいに4時間以内に終わる仕事ならOKです。広告収入は失業手当をもらうのに影響しないみたいです」 

今後について?
「生活やバイトや正社員で安定させて、後は面白いと思うことだけやっていこうと。いまグラビアカメラマンの仕事のオファーが来ているんです(笑)」
無職で月収7千円の黒田だが、悲壮感は漂っておらず、活気にあふれていた。

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黒田勇樹が結婚!すでに嫁の尻に敷かれっぱなし

2012年8月初めにいきなり5歳の子連れの女性で歌手・中村瑠衣と結婚を発表した黒田勇樹。すでに奥さんに生活の主導権を握られていたようです。俳優をやめてから派遣社員やアルバイトで生活費を稼ぎ、ギリギリの生活をしていた黒田ですが、いまではかなり仕事が増えたようです。黒田にはこのような女性が合っているかも!

「家族がいるというのは楽しいですね。以前から一緒に暮らしていて、イベントの手伝いをしてくれたり、ゲストを紹介してくれたりしていて、僕を支えてくれていました。けじめをつけようと結婚を決めたんです」(黒田勇樹)

結婚相手の中村瑠衣には5歳の子供がおり、同時にパパにもなった。
出会いは黒田が携わっていたイベントだという。
「彼女が母子で会場に来てたんです。最初は子供と仲良くなって、また遊ぼうねなどと話していたのが交際へと発展していきました」
今では保育園の送り迎えも黒田の仕事のようだ。

「仮面ライダーシリーズにも出演していたこともあるので、子供達はよく話かけてきますね。リアルタイムで見ていない世代の子供だから、お母さんに僕の情報を教えられているんですけど」(黒田)

2年前に俳優を辞めたが現在はそれなりに仕事はあるそうだ。
「アルバイトと映画の仕事で多忙です。少し前までは、映画館のポップコーン売り場担当だったのが、インターネットに詳しいということで、配合会社の宣伝部に出向いたんです。今では夏休みアニメ映画のPRをするなどしています」(黒田)

妻とは仲もいいようだが、すでに喧嘩もしているそうだ。
「この間、言い合いの末に、出ていけ!と言われたので、僕が出て行こうとしたら、今度は、出ていけって言われて出て行こうとするな!って怒られて。喧嘩の時は手を挙げられることもありますが・・・安全に暮らせてます」

黒田は映画監督のデビューが決まっている。
特撮映画の監督をするそうだ。
最後に、「2013年の秋くらいまで監督作品のプロジェクトがあるので、その後できちんと財布にお金が残っていたら結婚式をあげたいですね」

中村瑠衣

黒田勇樹と妻・中村瑠衣がお互いにDVだった

夫に暴力されたと妻・中村瑠衣がツイッターで写真を掲載したことで、黒田勇樹のDVがばれました。このことがあり、黒田がバッシングされましたが、妻も黒田に暴力を振るっていたと告白しています。

「僕が彼女をワインボトルで殴ったという報道がありましたが、それは事実です。2011年8月のことです。以後、暴力と口論の繰り返しでした」(黒田勇樹)

ふたりは2012年7月に入籍、中村には6歳の長男がおり、黒田は父親にもなった。
だが、新婚1ヶ月で中村が黒田のDVを暴露。
その後もツイッターを使って夫の暴力を訴えた。
そして年が明けると離婚調停を申し立てる事態に。

しかし、実は暴力に耐え続けたのは僕の方だと主張する。
「彼女の暴力が始まったのは僕の浮気がきっかけでした。やがて包丁も持ち出すまでになり、このままでは自分が危ないと応戦してしまったのがワインボトルの件です。僕はそれを後悔したので、以降は彼女に手をあげていません。その後、ふたりで精神科に通いましたが、彼女の暴力は治りませんでした」

2012年5月、傷害事件にまでエスカレートする。
「彼女に包丁で右手首を切られて10針縫いました。お互い酔ってて、彼女を相手にしなかったら手を掴まれて、ザックリ・・・。僕が慌ててタクシーに乗り込むと、彼女もついてきてしまって、運転手さんも驚いて、警察沙汰になりました。当時は僕も酔っていたので、いろんな書類にサインしていたら、そのうちのひとつが被害届けで、それから彼女は勾留 されることになりました」
黒田は被害届けを下げる手続きをし、1ヶ月後に中村は警察署を出た。

関係に限界を感じつつも、彼女と幼い息子の今後を案じ黒田は入籍を決意。
しかし、この判断が間違っていたと。
彼女は、私のものにならないなら死んでというのが口癖で、籍をいれたら言わなくなると思ったが、逆効果になったそうで、攻撃は延々と続いたそうです。

2012年8月に黒田は別れを決意する。
「2012年9月に彼女から復縁を求められましたが、断りました。それ以降、彼女からの連絡はありません」

しかし、今年にはいってから中村が暴露を再開する。
「困りますよ。僕が新しい生活を始めようとすると、彼女は邪魔をしてくる。我慢してきたけど、僕も最低限の反論はしていきたい。仕事にも影響しますからね」

黒田は2012年末から食品加工工場でアルバイトを始めたそうだ。
中村とはもう会っていないそうです。

黒田勇樹

黒田勇樹と中村瑠衣が離婚!高額慰謝料を要求

結婚してまだ1年もしてないのに・・・もう離婚調停。その原因は、黒田勇樹と中村瑠衣の喧嘩が絶えないことのようです。どちらに非があるのかは両者共に主張が違うのでわかりませんが、お互い暴力を振るっているようです。2013年5月、離婚調停中で、長期化しそうな展開に・・・。

2012年7月に結婚するも、わずか1ヶ月後にDV騒動が発覚。
2013年2月には離婚調停に突入した黒田と中村。
2ヶ月経過したが、まだ和解には遠いようだった。

中村は結婚前から暴力があったと警察に被害届けを提出。
いっぽうの黒田は中村の暴力を制止目的で何度か抑えたと主張し、週刊誌の取材では、「妻から包丁で切りつけられたこともあった」と明かしていた。

離婚が成立しないのは次のようなことのだようだ。
「どうやら黒田が中村から請求されている慰謝料がネックになって、調停が長期化しているみたいです。金額を最初に聞いたとき、ばかげているとこぼすほど、黒田にとっては高額だったみたいです」(ふたりの知人)

黒田は俳優を引退後、ハイパーメディアフリーターと称し、一時は映画会社で宣伝を務めていた。
アルバイトを渡り歩き、現在はバーの雇われマスターやライター業、映画のワークショップなどに携わっている。
高額な慰謝料を払うには厳しい状況だ。

「黒田はまだ俳優の仕事に意欲があるようですが、一連の騒動で暴力夫という烙印を押されたので・・・イメージが悪いです。しかし2013年5月5日には久しぶりに舞台の仕事があります。本人は喜んでいました」(同上)

中村側はいったいいくら要求してるのでしょうか?
アルバイトを転々としているようなのでほとんど稼げていないと思われます。

そして2013年5月27日離婚を正式に発表しています。

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