松田聖子と旦那・河奈裕正との結婚生活!元恋人マネージャーと不倫も

歌手の松田聖子は1980年4月に「裸足の季節」で歌手デビュー。同年の「風は秋色」から1988年の「旅立ちはフリージア」まで24枚連続ヒットチャート初登場1位。女優としても1981年の「野菊の墓」で映画デビュー。2012年にはNHK大河ドラマ「平清盛」に出演しています。

松田聖子

Sponsored Links

松田聖子が紅白に出場しなかったのは旦那と一緒に過ごすため

突然の再々婚をして松田聖子。私生活では、一緒に住んでいるかも分からない状態でしたが、今はふたり仲良く一緒に住んでいるという。聖子は熱しやすく冷めやすい性格だけに、いまだけだという声もありますが順調のようです。そして2012年は紅白に出場しないで、旦那と一緒に過ごすことを選んだ。

2012年12月16日にディナーショーで笑顔を見せていた松田聖子。
慶応大学医学部准教授の医師と電撃再々婚をして半年が経過。
「会場には聖子さんのお母さんも見に来ていました。同じテーブルには旦那さんらしき人も座っていましたよ」(客)

聖子の2012年の年末年始には異変があったという。
「例年、東京体育館でカウントダウンコンサートを開催していたのですが、2012年は改修工事のため休館になりました。そこで紅白も出場せず、2012年12月28日から29日に舞浜で開かれるスペシャルコンサートを仕事納めにしたそうです」(音楽関係者)

新婚の聖子だが、夫婦の生活の実態はほとんど伝えられていない。
「一部では一緒に住んでいないという報道もありましたが、聖子夫妻は東京・成城の豪邸でふたりで住んでいます。彼女の母は近くに買った2階建ての一軒家に住んでいますよ。ただ、宅配便も隣にある彼女の事務所に届けさせるほど、私生活が外部に漏れないようにしています」
さらに、近所の買い物はすべて車移動し大きいマスクをつける厳戒態勢。

聖子はこれまでは親しい友人を自宅に招いてお食事会なども開いていたが、夫をよく知る病院関係者はこう語る。
「親しい友人でさえ、ご夫婦と一緒に食事をしたことはないそうです。2012年の年末年始は、先生は8日間の休みをとっています。お忙しいふたりにとっては貴重な休暇になりそうですよ」

旦那のために、年末年始は休みを取り夫婦水入らずで一緒に過ごすしたようです。

松田聖子

旦那・河奈裕正氏との生活はうまくいってるの

松田聖子といえば、熱しやすく冷めやすい恋愛をすることでも有名で、周囲の関係者もこのことを心配している人もいたようです。突然の電撃婚から10ヶ月が経過し、ふたりの新婚生活はどうなってたのか。意外なことに松田聖子は悩んでいたという。

2012年6月に河奈裕正氏と再々婚した聖子。
自宅近くのフレンチレストランでは、月に1度、ふたりで通う姿が見られている。
「旦那さんは、フォアグラが食べれないようで、聖子さんは、夫だけフォアグラ抜きにして下さいって注文してます。おしどり夫婦って感じに見えますよ」(店の常連客)

さらにこの店には、聖子の母・一子さんも一緒に来ることがあるという。
一子さんは、聖子のデビュー4年目に福岡から上京し見守ってきた。
聖子にとって母は仕事の相談相手でもある。
当時、一子さんは、聖子を心配するあまり、過剰な口だしをするようになったという。

「聖子さんは再々婚をきっかけに別れたマネージャーB氏と現在も仕事を続けています。そのことについて、一子さんは、夫への気配りが足りないって聖子さんに何度も注意しているそうです」(聖子の知人)

聖子の悩みの1つ目は、母がマネージャーとの関係について解消をしろということ。
2つ目の悩みは、娘・沙也加のことのようです。

「彼女は、バラエティー番組やファッション誌のモデルといった仕事をいろいろしていますが、将来のはっきりしたビジョンを持ってないんです。このままの甘い気持ちで続けられる世界ではないのに、沙也加さんは、このまま年を重ねればママみたいになれると思っているようなんです・・・」(聖子の知人)
新婚生活はうまくいっているようです。

Sponsored Links

松田聖子をもう一度ブレイクさせたかった

松田聖子の育ての親といわれた、サンミュージック会長・相澤秀禎氏が病気のため死去。相澤氏は、たくさんのアイドルを育ててきました。まだ売れていないアイドルを自身の家に下宿させて親身になって育てたり、父としての役割もこなしたそうです。

そんな相澤氏のおかげで売れたアイドルは多数います。相澤氏は、特に聖子には愛情を注いで育てたようです。そして、ずっと聖子再生計画を立てていたそうです。

2013年5月23日に相澤氏が亡くなった。
翌日には、お世話になった芸能人が続々と追悼の意を表した。
「鹿児島からの家出少年を世に出してくれた恩人です」(西郷輝彦)
「いつも太陽にように温かな笑顔で励ましの言葉をかけ続けてくださり、本当にありがとうございました」(酒井法子)

相澤氏は、自宅の6畳間にタレント達を下宿させていたことでも有名だが、インタビューで次のように答えている。
「最初は森田健作に始まって酒井法子くらいまで、デビュー前後の新人は、高校を卒業するまで僕の自宅に下宿させました。地方の親御さんはその方が安心するし、社会人としての基本的な常識や礼儀作法を教えることもできる」

松田聖子も下宿経験者だ。
聖子は毎朝、相澤氏と一緒に早朝マラソンをし、このように言っていた。
「私はとにかく頑張ります。誰よりもたくさん、厳しいレッスンを詰んで、絶対スターになります」
その言葉通り、聖子は歌手(アイドル)としてヒットを飛ばし、聖子ちゃんカットとしても世間に影響を与えた。

デビューから2年後の1982年には、日本武道館でコンサートもし順調だった。
しかし、聖子と相澤氏の密月は1989年に終わりを告げる。
聖子をアメリカで本格デビューさせたいレコード会社の意向に、相澤氏は賛同できなかった。
結局、聖子はサンミュージックから独立したが、育ての親を裏切ったと報じられバッシングを浴びる。

「アメリカ進出を決断した聖子は、何度も僕に連絡をくれていました。けど、僕も若かったんですね。どうしても、その電話には出られませんでした。その後、ひとりになった彼女のいろんな噂を聞くにつれ、あの当時、電話に出ていれば・・・と悔やみました」
なんと、聖子と相澤氏は06年に聖子が相澤氏をディナーショーに正体する17年間にも及んだのだ。

ショーで、聖子の挨拶は相澤氏とのわだかまりを解けさせたのだ。
「今夜、デビュー当時からお世話になってきた事務所の会長さんが来てくれています。会長さんがいたからこそ、私も26年間頑張ることができました」
ショーが終了後、相澤氏は聖子に謝罪をしわだかまりが完全に解けたのだ。
このことで、2007年には、サンミュージックと聖子は業務提携をした。

相澤氏は聖子と再び仕事ができることを喜んでいた。
もう一度全盛期のように聖子を強く輝かせたいし、そのアイデアも考えていたそうだ。
相澤氏にとって、聖子再生計画は人生の大きな目標となった。
「今度、僕と聖子とふたりでアルバムを作ろうと考えているんだ」
2011年頃には、そんなプランを目を輝かせて語ることもあった。
しかし、レコード会社や聖子の事務所との兼ね合いもあり、なかなか相澤氏の願いは実現せず、逝去により叶わぬ夢となってしまった・・・。

聖子は相澤氏の訃報にこうコメントした。
「あまりの哀しみにまだこの現実を受け止めることができずに言葉になりません。今はただ、会長のご冥福を心より祈るばかりです」
実は聖子は1週間前に、相澤氏が入院中の病院を訪れ涙を流していた。
この時、すでに亡くなることがわかっていたのかも知れない。
相澤氏のためにも、聖子は再ブレイクを誓った。

松田聖子

9年連れ添った元恋人のマネージャーを解雇

松田聖子が、歯科医師の河奈裕正氏と結婚をしたのは、2012年6月でした。これには、芸能関係者もびっくりで、聖子はマネージャーの男性と同棲生活をし、長年恋人関係だったからです。そして、結婚をしてもマネージャーの男性との親密な関係は続いており、奇妙な三角関係でしたが、その形に終止符を打ったそうです。聖子がマネージャーを解雇し、夫・河奈裕正氏を選んだそうです。

都内にある超高級住宅街の一角に建つ、100坪の大豪邸。
インターホン脇には、カードキーに指紋認証というセキュリティーまである。
この要塞みたいな家でくらしているのは、松田聖子だ。
そして、そんなセキュリティーをものともせずに自由に出入りを繰り返すパートナーがいたが、ここにきて、その人物が姿を消していた。

聖子は2012年6月に河奈裕正氏と電撃結婚をした。
河奈氏は東北大学歯学部卒で慶応大学病院に勤務するエリート医師。
高校時代は野球部のエースとして活躍したスポーツマンだ。
A氏との出会いは2010年春の、聖子が番組収録中に急に歯の痛みを訴えて駆け込んだ診療所で、聖子を治療したのが河奈氏だった。

最初にアプローチしたのは聖子だったが、すぐにA氏の方が彼女に夢中になった。
「当時、彼には結婚生活15年に及ぶ8歳年下の奥さんがいました。2人の子供にも恵まれて近所では子煩悩パパと評判だったんですが・・・。Aさんは、聖子さんと出会った直後に奥さんに一方的に離婚を言い残して家を出ました」(河奈氏の知人)

妻よりも聖子を選んだ河奈氏。
しかし、河奈氏を略奪婚した聖子には、秘密の仲の恋人がいた。
それが11歳年下のマネージャーB氏だった。
B氏は元格闘家で、2004年に聖子と出会った当時は整体治療院で整体師として働いていたが、一目惚れした聖子はB氏をマネージャーに招き入れる。
それどころか、母・一子さんと娘の沙也加と一緒に暮らす自宅にまで招き入れて同居生活が始まったのだ。

「こんな同居生活は家族にとっても居心地のいいものではなかった。やがて沙也加さんが、そして一子さんまでもが家を出て行ってしまって・・・。そんな状況になっても聖子はBさんを離そうとはしなかった」(聖子の知人)

聖子とB氏の関係はもはや公然の秘密となり週刊誌でも大きく報じられた。
しかし、聖子が結婚をした相手はB氏ではなかった。
河奈氏と結婚した後も、聖子はB氏をキープしていたのだ!
「B氏は松田聖子の活動になくてはならない存在なのと言って、Bさんをマネージャーのに据え置いたんです。同居こそ解消したものの、Bさんは聖子さんの自宅から徒歩10分の距離にマンションを借りてて、常に彼女についていました。もちろん聖子さんの自宅にも自由に出入りをしていました」

しかし、そんな2人の関係に2013年末変化があった。
「聖子さんがついにBさんを切ったんです。再々婚後もBさんと親しくしていたことを、母親も沙也加さんもよく思っていないということは、聖子さんが一番わかっていました。共に暮らしている夫の河奈氏からすれば、あまりにも不愉快だったはずです。そして、いつしか河奈氏との関係もギクシャクし始めて・・・。最終的にBさんを切ったわけです。2013年末に事務所を退社しました」(聖子の知人)

聖子は、これから夫との生活を続けるには、手遅れになる前に、Bさんを切るしかないと判断したそうです。
河奈氏は、これでようやく安心して夫婦生活が送れる。
そして、聖子の家族にも変化があり、今まであまり見なかった沙也加が聖子の家に遊びに来る姿がよくみられるようになったそうです。
三度目の結婚で聖子は理想の家庭を築けることができるでしょうか? 

松田聖子

松田聖子が9年連れ添った恋人と復縁!旦那を置いてロスへ不倫旅行

夫・歯科医師の河奈裕正氏へのケジメとして、9年も交際をしていた元マネージャーだった男性を切ったはずの松田聖子でしたが、まだ続いていたという。

どうやら復縁をし、2人でロスへ不倫旅行に行っていたことが発覚。さすがに、この行動には夫・河奈氏は黙認することはしないで、聖子を追いかけてロスまで行ったそうです。

ロサンゼルスの高級住宅街ビバリーヒルズ。
ここにある高級ホテルにはプールや24時間利用できるフィットネスジムに加え、スパや美容室も併設されている。
ここでの一泊での宿泊は5万円はする。
2014年1月下旬、このホテルに松田聖子がいた。
さらに、その隣には、別れたはずの元マネージャーで恋人のB氏もいたのだ!

B氏と聖子の出会いは2004年だ。
B氏は聖子と出会った時は整体師として働いていたが、ひと目ぼれした聖子が自分のマネージャーに抜擢する。
母・一子さんと、娘・沙也加と一緒に暮らす自宅にB氏を招き入れ同居が始まる。
しかし、居心地が悪く感じた沙也加が家を出て、次に母も家を出た。
2012年6月に、河奈氏と結婚をしてからはB氏との同居を解消している。
しかし、近くのマンションにB氏を住まわせて、マネージャー業は続けさせていた。

2013年末、こんな奇妙な関係に聖子は終止符を打った。
B氏をマネージャーから解雇したのだ。
「Bさんとの関係を母も沙也加さんもあまりよく思っていなかったし、何より、2人の関係を夫のAさんはずっと複雑な心境で見続けてきました。そのうち夫婦関係もギクシャクし始めて・・・。このままでは夫婦の生活が破綻してしまうと思った聖子は、悩んだ末にBさんを切りました」(聖子を知る芸能関係者)

B氏との関係を切ったと思われていた聖子だが、2014年1月下旬、成田空港に聖子はB氏と一緒に現れた。
聖子はマスクと帽子を目深くかぶり完全武装をしていた。
出発を待つ間、男性と仲睦まじく談笑する聖子の姿は、この旅行を心待ちにしていたことが伺えた。
そして、聖子とB氏はロスへと旅立っていった。

ロスについてから、予期せぬ事が起こる!
聖子がロス入りをした翌日、今度は夫の河奈氏がロスに駆けつけてホテルにいる聖子達と合流をした。
その結果、このロス旅行は、聖子、B氏、河奈氏と3人で同行する奇妙な旅になった。

芸能関係者が話す。
「この旅行について、聖子さんは河奈氏にあくまでも仕事だと説明していたそうです。解雇したB氏を連れて来たのは、彼がマネージャー時代から関わっていた仕事のため、彼にしか勝手がわからず、仕方なく一緒に来てもらったと話しているみたいです」

しかし、河奈氏は聖子の説明には納得をしなかった。
「河奈氏は、聖子さんとB氏が恋人だったことを知っています。異国の地で一緒に過ごすうちに、気持ちが再燃して、また一緒にいて欲しいなんて言い出しかねない。河奈氏はそれが心配だったのでしょう。仕事もあったようですが、聖子さんと合流したんです」(同上)

ロスでは聖子はサングラスなどをかけていなかったので、聖子だと気付く日本人もいた。
聖子を目撃した日本人客は、「いつ見ても、どこに行くにも、そばには常に背の高いイケメンの旦那がいました。彼女を守っているというより、むしろ監視しているのではと思うぐらいでした」
毎朝、ホテルに横づけされる車には、B氏を助手席に乗せて、聖子と河奈氏は後部座席に乗って移動していた。
結局、渡米から5日後、3人は一緒に帰国している。
この奇妙な三角関係は、まだまだ続きそうだ!

河奈氏のためを思って、元恋人でマネージャーのB氏を切ったと話しにありますが、夫にもうB氏とは関係ないという証拠作りのための聖子の計画だったのかも知れませんね。

松田聖子

旦那へ運転手付きの通勤用外車を誕生日プレゼント

2014年2月、松田聖子が再々婚夫した夫・河奈裕正氏の誕生日にプレゼントを贈ったものが話題になった。結婚当初は、略奪婚と聖子の飽きやすく惚れやすい性格から、すぐに離婚するという声が多かったですが、もう3年が経過していた。

聖子は元マネージャー兼恋人の男性とは、切っても切れない縁のようで、三角関係が続いており、この男性の存在が夫・河奈裕正氏の悩みでもあります。

なんとか3年目を迎えた2人ですが、聖子が河奈裕正氏の誕生日に通勤用の外車をプレゼントしたそうです。ここまでなら、嬉しいですが、なんと運転手付きだそうです。どうやら、浮気防止の意味を込めてのプレゼントだったようです。

2014年2月下旬の早朝、都内の高級住宅地に1台のBMWが止められた。
そこは松田聖子の自宅前だった。
その家から、姿を現し、運転手付きの車に乗り込むのは聖子の夫・河奈裕正氏だ。

「聖子さんのご主人が車で出勤なさる姿をみかけるようになったのはつい最近のことです。しかも運転手付きで出勤なんて、さすが慶応のお医者様は別格だと、びっくりしましたね」(近所の主婦)
ところが、この車は通勤先の病院が手配したものではないという。

別の近所の住民が話す。
「あのBMWの運転手さんは、聖子さんの近くに住むお母さんの家にも出入りしていますよ。なので、聖子さんの個人事務所のスタッフではないでしょうか?」

聖子はなぜ運転手付きを贈ったのだろうか?
「聖子さんが夫に運転手付きの送迎を始めたのは、元恋人のマネージャーA氏の存在が大きいと思います。今年1月、聖子さんが仕事でA氏を同行して渡米したんです。これに河奈裕正氏が疑念を抱いたのか、2人を追いかけて合流しました。その帰国後から送迎が始まったようなんです」(音楽関係者)

芸能レポーターは聖子の意図をこう話す。
「聖子は人生を共に歩みのは河奈裕正氏と改めて気付いたのでしょう。河奈裕正氏の心が離れていくのは、なんとしても避けたかった。運転手を付けて送迎するようになったのは、夫の行動を監視下に置きたいからでしょうね。さらに誕生日にはプラダの新作バッグを河奈裕正氏にプレゼントされています。通勤バッグは聖子のプレゼントでは、浮気どころか夜遊びもしにくくなる。そんな効果を狙ってのプレゼントなのかもしれませんね」

ちなみに、聖子が夫に贈ったプレゼントは、BMW500万円 プラダのバッグ16万3000円。
夫を監視と浮気防止対策のために、贈ったプレゼントだそうです。

Sponsored Links

コメントを残す

このページの先頭へ