宮根誠司の隠し子騒動!前妻と離婚から現在の妻と二股交際

フリーアナウンサーの宮根誠司は1987年、朝日放送に入社。1990年から「おはよう朝日です」に出演。2004年3月にフリーに転身。2006年から冠番組・読売テレビ「情報ライブ ミヤネ屋」の司会を務め、次第に全国ネットとなり人気番組に。2010年4月からフジテレビ「Mr・サンデー」の司会を務めています。

宮根誠司

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ミヤネ屋の司会・宮根誠司に隠し子発覚

主婦に大人気の情報・ワイドショー番組「ミヤネ屋」。その人気司会者である宮根誠司に隠し子が発覚した。

すでに認知はしていて、現在の妻も知っていたようですが、主婦層には反感をかうことになるかも!?二股交際(不倫)をしていたようです。お相手の女性は、飲食店経営者の32歳とだけ報じられていますが、お水関係の商売ではないかとネットでは噂になっています。

フリーアナウンサーの宮根誠司氏に隠し子がいることを2012年1月6日発売の週刊誌が報じました。
宮根氏本人は記事内で「ずっと黙ってるわけにはあかんやろうなとは思ってました。
私も取材する立場の人間ですからね」と語った上で、当件について詳細に語っている。 

同誌によると、宮根氏は2012年現在32才の飲食店経営女性・A子さんとの間に、2012年2月に4才になる女の子がおり、すでに認知をしている。
宮根氏はA子さんと知り合ったとき、すでに現在の妻であるB子さんと交際をしていたが、同時に付き合っていたという。
宮根氏は妻との間にも7か月前に女児が誕生しており、
「子供はどちらも宝ですから、両方ともかわいいですよ」と現在の心境を語っていた。

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元モデルと結婚するも離婚!現在の妻と二股交際の女性と親密に

まさかの隠し子騒動で裏切られた!と思った人も多いようです。なぜ、いままで隠し、いま隠し子を告白をしたのか本人が告白しています。

いまから7ヶ月前に彼には、かわいい娘が誕生していた。
プライベートについてあまり語らない彼は、そのことも公にはしていなかった。
なぜなら、3年前に別の女性との間にもうひとりの娘が生まれていたからだ。 

2011年末には好きな男性アナランキングで2位になっている。
おばちゃん目線で似非関西弁でのトークは視聴者の心を掴んでいる。
「この間のクリスマスは、カノジョはきっとこんなんが好きかなと思ってセーラームーンのおもちゃを贈りましたよ。自分で選んだものを」
複雑な表情をしながらもそう話始めたのは宮根誠司だ。
宮根がカノジョと呼ぶのは、彼がこれまで決して語ることのなかった、2012年2月で4歳になる娘のことだ。(隠し子) 

その娘は、いまは大阪市内のマンションで母と娘ふたりきりで生活している。
母であるA子さんは32歳。
2012年、大阪で飲食店を経営する一方で女手ひとつでその子を大切に育てていた。
この隠し子騒動の発覚はA子さんの知人による週刊誌へのたれ込みだそうです。
宮根に取材を申し込むと、彼は初めは困った表情を浮かべながらも、その子が自分の娘であることを認め苦悩を語ってくれた。 

ずっと黙っているわけにはあかんやろうなとは思ってました。
私も取材する立場の人間ですからね。
A子さんと知り合ったのは6~7年前の事です。
当時、夜のお店の接客スタッフとして北新地で働いていて、初めはホステスとお客さんという間柄でした。
僕は一緒にいて自分が楽しく過ごせる人がタイプなんですけど、彼女はまさに理想でしたね。
お店の仕事を必死に頑張っていてママにも信頼されていました。
何度か通う間に親しくなって、次第に店が終わった後に、一緒にご飯を食べたりして会うようになり、男女の関係になりました。 

どんどん親密になっていった宮根とA子さん、宮根にはこのとき、現在の妻であるB子さんという恋人がいたのだ。つまり二股である。

宮根は、1993年に元モデルの女性と結婚するも1994年に離婚している。
当時、出版社に務めていたB子さんとは離婚前に知人に紹介されて知り合い、前妻と離婚後に交際に発展したという。
確かに、当時は独身だったんですけど、A子さんにはもともと「ぼくには、結婚を約束した恋人がいる」と言っていたので、向こうも「僕とは結婚できない」とは思っていたようです。
まぁ、恋人がいるのにそういうことをしてしまうのは、僕のバカなところなんですが・・・。
その後、宮根は2006年8月にB子さんと結婚した。
だがA子さんとの関係は結婚後も続いたという。
以前よりA子さんと会う回数は減ったものの親密交際が続いていた。
そんな時、A子さんから人生を大きく変える電話がある。

宮根誠司

宮根誠司の隠し子騒動!4年の苦悩も認知へ

2007年の春ごろでした。仕事が終わった時にA子さんから連絡があり、「子供ができた」と言われました。その瞬間、「えっ?」とは思いました。
でも、それ以上に彼女も動揺していましたので、「とにかく1回会って、落ち着いて話しをしよう」といって電話を切りました。
それでホテルの喫茶室みたいなとこで話をしました。
A子さんには、中絶するという選択肢はありませんでした。
彼女には生死に関する辛い過去があったんです。
だから命を絶つという発想は一切なかったんです。 

そのとき、僕が一瞬でも悩まなかったといったら嘘になります。
「困ったなぁ・・・」と思いました。
尊い命を僕が奪ってもえんかって考えて・・・。
嫁には、子供ができるのを伝えるまで1ヶ月くらい悩みましたね。
この時は結婚してまだ1年ほどで、妻との間にも子供はいてませんでしたから。
そういうの女の人がどう思うか考えたら・・・。
正直、お酒に逃げてしまったりもしました。
それでまぁ、ある晩に家に帰って正直にA子さんとの経緯を話し、「子供ができるんだ。申し訳ない」と伝えました。
離婚の覚悟の上でした・・・。
けれども、その時、嫁は泣くことも怒鳴ることもなく、ただただ沈黙を続けてね・・・。
嫁は気持ちの整理やらいろいろ考えて黙っていたんでしょう。
そして1時間くらい経ってから、
「子供を中絶しなかたのは、それはとりあえず正解や。あとはあなたのできる範囲で自己責任でちゃんとやりなさい」と言ってくれました。 
嫁もショックだったと思うし、心の中では泣いていたと思います。
それでもそういってくれて本当にありがたいと思いました。
「二度と裏切ってはだめだ。一生守っていかなあかんと心に強く誓いましたね」 

宮根誠司

そしてA子さんに対するけじめとして、彼女の両親に挨拶をしに四国の実家も訪れている。
「申し訳ありません。こういうことになってしまって・・・。ただ僕は結婚していて、妻がいますので、A子さんとは結婚はできません」と頭を下げました。
複雑な思いだったでしょうが、あちらの両親は、声を荒げたりするというのはなく、逆に「あんたはいま仕事を頑張るしかないやろ」って声をかけて下さったんです。
さらにお父さんは、「何かあれば僕が面倒を見るから」とまで言って下さいました。 

そして、生まれたという連絡を受けたときは、正直、父親になったんだという実感みたいなものはありませんでしたね。
ただ無事に生まれてよかったと思いました。
3ヶ月くらい経ってからA子さんの実家まで行って初めて子供を抱きました。
感動しましたね。
A子さんが困ることなく、普通に子育てをして暮らせる環境を整えるというのが、僕の最低限の責任だと思ってます。
A子さんは娘を生んだ後に大阪へ戻り飲食店をオープンさせ、女手ひとつで娘を養っている。
3歳になった娘は笑った笑顔が宮根にそっくりだという。
しかし、宮根は母子にあまり会わないようにしているという。 

何度かA子さんの店には応援を兼ねて行かせてもらいましたけど、いまはほとんど会うこともありません。
もちろん、妻への配慮もありましたが、それ以上にA子さんがひとりで育てようとしてるんだからという気持ちが強かった。
A子さんの娘が大きくなって、自分から「私は宮根の娘やで」と言ってくれるのは全然いいんですけど、もしかしたら彼女が大きくなった時に僕が父親であることを嫌がるかもしれない。
それは僕が判断することじゃなく、彼女が成長した時に自分で判断してもらっていいんですけどね。 

情報番組の司会者として、隠し子といったニュースを読み上げたこともある。
これまでも市川海老蔵や市川染五郎や石井竜也などにも隠し子が発覚している。
2011年2月、片岡愛之助の隠し子騒動が話題になった時、あるテレビ関係者はこう話す。
「宮根さんは本番前に、今日のテーマは嫌やわ~なんていってたことがありましたね」
宮根は「そんなことをいった覚えはないけど・・・」と否定しつつも、もちろん僕は、自分も同じですから「それはあかん!」なんて口が裂けても言えません。
きっと愛之助さんも同じように、いろいろ問題を抱えていたはず。
だから隠し子っていう言葉をあんまり使いたくないと思うんですよね。 

もし、彼女から困った、助けてくれといわれれば、もちろん助けますし、成長してアメリカに行きたいといえば、手助けもします。
AKB48に入りたいって言ったら、できるかわかりませんけど、誰か紹介してあげるかも知れない。
ただ、いま中途半端な気持ちで接するのはどうかと思うんです。
いままで黙っていたので、胸を張れるわけではないけど、なんかほっとしました。

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