森進一は森昌子と離婚後に最愛の弟を亡くす!3人の息子達は

歌手の森進一は1965年にフジテレビ系「リズム歌合戦」の優勝をキッカケに1966年に「女のためいき」でデビュー。1974年に「襟裳岬」で日本レコード大賞受賞。1980年に女優の大原麗子と結婚も1984年に離婚。1986年に歌手の森昌子と再婚。3人の息子に恵まれたが2005年3月に別居。同年4月に離婚。長男の森内貴寛は2001年にジャニーズ事務所に入所。2005年からバンド「ONE OK ROCK」のボーカルTakaとして活動しています。

森進一

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森進一が最愛の弟の葬儀を欠席

森進一兄弟に一体何があったのでしょうか?54歳で亡くなった実の弟の葬儀には参列しなかったという。弟は医者だったようです。しかも、医者になるために通った大学などの費用は全部森進一がだしてあげていたようです。

2011年2月初めの週末、東京の某場所で森進一の実弟・Mさんの葬儀が行われていた。
しかし、葬儀場には兄は姿をみせなかった。
「生活保護家庭で育った弟さんが医学部にいけたのは、森進一さんのおかげです。進一さんが父親代わりとなって、学費や生活の援助をしたのは有名な話です。それなのに、なぜ、大事な弟の葬儀に出ないのだという怒りの声もあがってましたよ」(参列者)

森は小さい時から家族の縁には恵まれなかった。
小学校4年の時、愛人を自宅に連れ込んだ父親を見切って、母と妹と弟の4人で家を出た。
病弱な母に代わって一家を背負ったのは森だった。
中学を卒業し集団就職で大阪へ。
ようやく歌手として成功した25歳の時に、母は自ら命を絶った。
その後、弟のMさんは森の支援で日本大学医学部へ進学。
医学部で2番目の成績で卒業すると、森はテレビ収録を抜けて、結婚したばかりの新妻・大原麗子とともに卒業式にかけつけた。

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森にとってMさんは自慢の弟だった。
でもなぜ?
「Mさんの葬儀が行われていた時、森さんはハワイに行っていたようです。ハワイで彼の45周年ファンイベントが予定されていたんです。手塩にかけて育てた弟さんですから、葬儀にでられなくて残念だったと思います」(芸能関係者)

Mさんは闘病生活を続けていたようだ。
「彼は2007年、森さんの個人事務所の取締役を退任しています。2009年には、務めていた病院も退職しました。当時から体調が思わしくなかったようですね」(同級生)
「賢臓を悪くし、お姉さんから移植もしているはずです。それで一時は持ち直したんですが・・・。また悪化したようで、ここ数年は賢透析を受けていたようです」(音楽関係者)

2002年には確執の末に和解した父も亡くなり、家族は実妹一人だけだ。
2度の結婚も続かなかった。
大原さんとは4年で離婚し2009年に自宅で孤独死をした。
2度目の妻・森昌子との間には3人の子供がいるが、2005年の離婚後に3人の子供達は昌子の家で暮らしていた。
次々に失う家族に森は心を痛めていた。

森昌子と離婚後、親権は長男が昌子側、次男と三男が進一側で持ち、養育権は3人とも昌子側とすることになった。養育費は1人につき13万円として進一が負担。

長男の森内貴寛(Taka)はジャニーズ事務所を経て、ロックバンド「ONE OK ROCK」のボーカリスト。次男はテレビ東京に勤務。三男の森内寛樹(Hiro)はロックバンド「MY FIRST STORY」のボーカリストとして活動しています。

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