名取裕子は介護で病気も愛犬が救う!プロポーズも結婚至らず

女優の名取裕子は1977年にドラマ「おゆき」のヒロイン役でデビュー。1987年の映画「吉原炎上」が大ヒット。1995年の映画「マークスの山」で日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。その後はドラマ「京都地検の女」、「法医学教室の事件ファイル」に主演しています。

名取裕子

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名取裕子と愛犬物語

最近は癒しを求めてペットを飼う人が増えましたが、逆に育てることができずに捨ててしまったりすることが社会問題にもなってます。ペットを大事に飼っている人にとっては家族同然です。そんな名取裕子も愛犬を大事に飼い、家族同然の扱いをしているようです。

2012年7月上旬、昼下がりの京都に名取裕子が撮影場所からバギーを押しながら出てきた。バギーから顔を出しているのは、赤ちゃんではなく、1匹のミニチュアダックスフント。名取は、ゆっくりバギーを押し、ときおり犬を愛しそうに見つめては声をかけている。
その表情は母が子供を見つめる顔だった。

2012年7月にスタートした名取主演の京都地検の女・第8シリーズは、初回視聴率が16%と最高のスタートを切っていた。
ドラマのため京都に滞在中だったが、ホテルではなく、マンションで生活をしていた。
その理由は愛犬のためだった。
「あの犬は名取さんの愛犬です。わずかな時間でも一緒にいて、面倒を見たいと撮影所の間近にあるマンションを借りてるんです」(テレビ局関係者)

名取裕子

彼女は犬を3匹飼っている。
母のブブ、その娘ジジ、友人から引き取ったココの3匹。
さらに名取は、ブリーダーとしても有名で50ほどの賞を獲得していた。
2002年にはアジアチャンピオンにも選ばれた。
元々、幼い頃から動物に囲まれて育った。
神奈川県横須賀市で祖父母や叔父叔母一家も同居する13人暮らし。
その家は、近所でも猫屋敷としても有名だった。
自著でもこう綴っている。
「野良猫も入れて多きときは36匹もの猫がいた。幼稚園の時は、猫の産休で休んだ記憶がある。でも母に叱られた記憶はない」

しかし、この幸せもずっとは続かなかった。
14歳の時、母が他界したことで一転する・・・。
1年後に父が再婚をすると、継母から嫌がらせを受けるようになる。
そしてこんなことを言われる。
「死んだ母の写真を全て片付けて目に触れないようにしなさい!」
その後も継母から嫌がらせを受け、大学時代に親元を離れ1977年に映画・星と嵐でデビューする。

そして37歳の時に自分への誕生日プレゼントとして飼い始めたのが、1匹目のダックスフンドのブブだった。
ブブを飼い始めて1年後、実父が肺がんで他界し、継母はその寂しさからアルツハイマーを発症する。
自分に辛くあたった母とはいえ、名取は献身的に介護した。
女優業をしながら、介護をし、名取のストレスが蓄積されていく。
ついには彼女自身が自律神経失調症になってしまう。
ひどい時は入院をし病院から仕事場に直行するようになる。

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そんな名取を救ったのが愛犬だ。
ちょうどその頃にブブが妊娠をし、猫の時に学校を休んだように、芸能活動を2ヶ月も休止した。
ブブの出産に万全を期し、本を読んだり、友人の話を聞いたり出産について勉強をした。
そして生まれたのがジジだった。
病気になり、塞ぎがちになっていた名取だったが、生まれたばかりのジジを抱き、「私が育てなければ誰が育てる?」と強く思い、生きる気力を取り戻した。
自著でも書いている。
「両親と縁の薄かった私にとって、ジジとブブは肉親よりも肉親らしい存在、片時も離れられない。本当にジジとブブのおかげで私は結構を取り戻せたと思っている」

そんな自分を救ってくれた愛犬だからこそ大切にしてきた。
だが、ブブは2012年6月に亡くなってしまった。
ブブは晩年、目も見えなくなり、耳も遠くなって寝ていることも多かった。
「ブブは鼻水を噴き出す力もないので、名取さんがストローで吸い出してあげてました。トレイも用を足せないこともあったんですが、怒らないで介護をしていました」(名取の知人)

名取は、ある男性からプロポーズされた過去がある。
しかし、結婚には至らなかった。
その理由をこう語っている。
「でも今思うとこれでよかったかもしれない。だって彼、犬が好きそうではなかったから」
理想の男性については、
「今の犬の世話をしてくれたり、一緒に1000円ランチを食べてくれる人がいい」
これまでに、小林薫やブティック社長との交際が伝えられたが、いまでも独身なのは、自分と同じくらい犬を大切にしてくれる男性と出会えてないからに違いない。

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