太田光代は爆笑問題・太田光の妻で芸能事務所社長!元モデル

芸能事務所社長でタレントの太田光代は、お笑いコンビ爆笑問題の太田光の妻として有名。高校卒業後、モデル事務所に所属し、グラビアやなどのモデル活動をする。その後、太田プロダクションにスカウトされる。1989年に合同コントの打ち合わせをきっかけに同期だった爆笑問題の太田光と同居を始め交際。1990年9月に結婚。同年、爆笑問題は太田プロから独立。1993年に芸能事務所「タイタン」を設立しています。

太田光代

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芸能事務所を設立と爆笑問題が売れるまでの苦悩

今の大人気爆笑問題の姿があるおかげは、太田光の嫁で爆笑問題所属事務所社長である・太田光代の力だと言われています。そんな太田光代社長が語る売れるまでの苦悩とは?

夫は所属事務所の看板芸人。
そんなレアなケースが爆笑問題・太田光さんの妻で所属芸能事務所タイタンの社長でもある光代さんだ。
元モデルという華やかな経歴もある彼女だが、実は弱冠17歳で自立したのだという。

「高校の時に、勝手に家を飛び出して部屋を借りちゃったんです。そのことからアルバイトをしながら生活していたんで、働くことが当たり前なんですね。そのころからアルバイトをしながら生活をしていたんで、働くことが当たり前なんですね。」
この数年後、光代社長は某大手プロダクションに籍を置き、そこの所属タレントだった爆笑問題のふたりと出会う。
そして光さんと意気投合しすぐに同棲した。このことはTVでも語ってましたね。

「当時、俺は天才だっていつもいってたんですが、そういうことはひと前ではいってはいけないということを、傷つくくらいキツくいってやめさせました(笑)。そうとう身にしみてわかったようで、あれ以降は口にしなくなりましたね」

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2年後ふたりはめでたく結婚したが、爆笑問題は事務所を退社してから仕事が激減した。
「芸能人と結婚した時点で覚悟はしましたけど、お金はほんとになかった。私はまだタレント活動をしていたので、時間が縛られるバイトは出来ない。だから内職をしました。ファッション誌のカタログに写真を張り付けるという仕事。これが1枚2円で、数千枚と自転車で持って帰ってきても、数千円にしかならないけど、太田も手伝ってくれました」
さらに生活費を工面するため、結婚した際に母親からもらった着物や指輪を質屋に入れたり、パチスロに身を投じたこともあった。
田中祐二さんとコンビニでバイトをしたことも。

だが、27歳で一念発起し経営ノウハウを習得しながら、現在の事務所を設立した。
「女にできるのか?って何度も言われましたよ。この業界はまだまだ男性社会で、絶対に男性の方が有利だと思う。だからそこ頑張りました。爆笑を売り込むために、知り合いのテレビ局関係者に片っ端から連絡をしたり、いろんな飲み会に顔を出したり。事務所がなんとか軌道に乗ったころ、周囲からそこまで出来るとは思わなかったと言われた時は本当に嬉しかった。きっと女だから心配されて、女だから守られた部分もあったのだと思います」
現在では、太田光代社長などの努力があり、爆笑問題はレギュラー10本以上の番組を持っている。
どん底からはい上がってきたからこそ、今後も爆笑問題は活躍し続けるのではないでしょうか?
剛腕社長の若き時代の苦労エピソードでした。

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