北京五輪銀メダリスト、フェンシング太田雄貴の彼女

2008年、北京五輪フェンシングで日本人初めてのメダリストとして銀メダルを取った太田雄貴。
同志社大学卒業後もフェンシングの練習に専念するため就職しなかった、いわゆる無職でニートである。

太田雄貴

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スポンサーも無く海外遠征も実費

子供たちには皆、フェンシングさせたかった。
でも兄はスキーを選んで、姉はガニ股は嫌だってことで続かなかった。
そこで雄貴には小学3年の子供の日にスーパーファミコンを買ってあげフェンシングをすることを約束させたんです(父)
弱冠22歳の雄貴がアテネに続き2回目の五輪出場で銀メダルという快挙を成し遂げた。

雄貴は、小学3年から12年間、1度もフェンシングの練習を欠かさなかったという。
母が語る、修学旅行にも防具と剣を持参。家族旅行のスキーでも持参してホテルの部屋で練習をしたりしていました。
食事も夫が作っていて、私(母)が出る幕はなかったですね。
とにかくいろんなものをバランスよくだし、1回の食事で20品目くらいだしてましたよ(母)

日本フェンシング協会の選手強化費用はほとんどなく、W杯の参加費は、個人でほぼ全額負担。
デンマーク・イタリアなど11ヵ国の遠征の時も総額200万円を父が全額負担。
それほどバックアップをしておき、北京五輪でのメダル獲得の時は、現地でみていないのだという。
その理由は、家族が見に行くと勝てないというジンクスがあるので見に行ってないんですよ(母)

息子は成績もよかったので、だからスポーツだけの道に進ませることには、私は抵抗がありました。
特に大きな怪我をした時は、このまま続けさせていいの?って主人とぶつかったこともありました(母)
冗談かも知れませんが、雄貴は実業家になりたいなんて言ってました。(父)

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雄貴の姉、麻貴さんは弟についてこう語る。
おしゃれへのこだわりが強いですね。
普段は必ずワックスを使って髪を立たせるし、海外に行くとおしゃれなジーンズを買ってきますね。
10本以上はあります。
記者:当然もてるはずだが・・・・。
母:えっ、彼女ですか?息子に怒られる~
と言いながら、最後にこっそり教えてくれた。
お付き合いしている人はいるみたいです。フェンシングはしてないけど、大学の同級生で、友達みんなが遊びに来た時、一緒に来ていましたね。背が低くてかわいらしい感じの子でした。

今後について聞いてみた。
北京に行く前はメダルを取れたららやめると言ってました。
もし金を取っていたら本当にやめていたかも。
でも本人が決めること、家族として温かくバックアップしていきたいですね(母)
帰ってきたらまず、よくやったね、お疲れ様といってあげたいですね。

とこのように、家族、恋人のバックアップがあり、本人の相当な努力の結果が銀メダル獲得につながったみたいです。

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