紗栄子はダルビッシュと2人の子供をもうけるも離婚!慰謝料や養育費は

モデルの紗栄子はサエコの名前で2001年に日テレドラマ「ゼニゲッチュー!!」でデビュー。2003年にTBSバラエティ「学校へ行こう!」、2005年には同局系ドラマ「ドラゴン桜」に出演。2007年11月にダルビッシュ有(当時日本ハム)と結婚。2008年3月に長男を出産。2010年2月に次男を出産するも、2012年1月に離婚。子供の親権は紗栄子が持つ。現在はファッション誌「sweet」などで活躍中。

紗栄子

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紗栄子がダルビッシュとはやり直さない!宮崎から東京へ幼稚園も転園

2011年8月、慰謝料問題で離婚問題が泥沼化しているふたり。しかし、ふたりで仲良くショッピングデートをしているところもスクープされた。紗栄子は、ダルビッシュとの復縁は望んでいなかった。そして、生活の拠点を実家のある地元宮崎から、仕事のある東京へ引っ越しをしたていた。

「離婚問題についてはまだ目立った進展はありませんよ。夫婦でモメて話し合いができないというか状況ではなく、少しずつ条件を詰めている感じです」(芸能関係者)
そんな中、ふたりは2011年6月、東京六本木で仲良くショッピングをしている姿が報じられた。
「夫婦としてはダメだったけど、息子さんたちにとってはいつまでもいい親であり続けたい。ダルビッシュはシーズン終了の時期を離婚の結論を出すめどにしているようです」(スポーツ紙記者) 

2010年9月に、紗栄子は長男と二男を連れて実家の宮崎に引っ越しをした。しかし、また引っ越しをしていた。
「7月になって、息子さんは転園しています。紗栄子さんはすでに宮崎を離れて東京で暮らしていますよ。今回の引っ越しの理由を紗栄子さんは、東京での仕事も増えてきたからと言ってましたよ。パパとの復縁はなさそうだし、仕事も生活費も稼がないといけないんでしょうね」(同じ幼稚園のママ友のひとり) 

そして紗栄子は東京で新生活をスタートさせていた。
「二男は、生まれながらに体が弱いから、万が一のことを考えて、東京なら設備が整った病院がありますからね。それに紗栄子さんは教育熱心でもあるので、東京なら子供たちの可能性を広げていくためにも、便利なところがたくさんありますからね」(ママ友)
紗栄子はシングルマザーとして生きていくことを決心していた。

紗栄子

サエコが慰謝料200万+条件付で和解

1年以上に及ぶ、サエコの銭闘が終わり2012年1月に、無事に離婚が成立。サエコ側は、当初は慰謝料5億+500万/月の養育費、慰謝料無しの養育費1000万円/月を要求していたと報じられましたが、終わってみれば200万円/月の養育費に終わりました。しかし、これは一般の人でも十分すぎるほど高いです。ダルビッシュが稼いでいるので妥当な養育費?しかし、表向きはこのように報じられましたが、やっぱり裏があったようです。

ダルビッシュは夢のメジャーリーグ・レンジャースと6000万ドル(約46億円)の6年契約で合意した。そして、サエコとの離婚問題も成立。ダルビッシュと離婚したサエコはたんたんと日常を過ごしていた。
「長男が通うスクールは小学校入学前の子供達を対象としています。教育内容の充実ぶりが、在日外国人にも人気で、基本的に英語で指導が行われています。学費は年間で200万ほどもかかるそうです」(教育ジャーナリスト)

ダルビッシュ有

さらにサエコはネットでは大変有名だが、専属のベビーシッターを雇っていた。
「そのベビーシッターはサエコさんと同世代の男性です。宮崎から引っ越してきた時から雇っているようです。毎日来てもらうと、月に40万くらいかかると思います」(芸能関係者)

夫婦が離婚協議をしてから1年2ヶ月、慰謝料と養育費で揉めた。ダルビッシュ側は月100万円の養育費の提案に対して、サエコ側は月1000万円。二男が成人するまでの20年間で24億円も要求していた。しかし、月200万円という、サエコ側からすれば安すぎる額で合意した。 

なぜ、サエコはこんな安い額で受け入れたのだろうか?
「最後の最後まで月1000万円の満額を口にするサエコに対して、ダルビッシュ側は養育費は月200万円に抑えてもらう代わりに、他に条件を提案したそうです」(マネジメント関係者)
サエコは、2010年11月にブランドを立ち上げたが経営不振のため閉店。
新たにブランド・miravilleを立ち上げたが、2011年11月にプロデューサーの契約が打ち切られていた。
「例えば、これからまたサエコがファッションブランドを立ち上げた場合など、彼女へのビジネスの資金援助を約束したそうです」 

さらに、サエコは子供たちの将来についても保障を求めたという、
「子供たちの進学資金などにも力になるということです。子供たちが将来、サエコのようにビジネスを興したいと言ったときは、資金の援助をすることになるでしょう」(プロ野球関係者)
子供たちに残す資産についても話し合われた。
「ダルビッシュはまだ25歳。これから再婚や子供ができたり何が起るかわからない。それでもサエコの子供たちには十分な資産を残すように約束されたそうです」(別のプロ野球関係者)
表向きは、サエコのイメージを壊さないような離婚報道も、裏ではしっかりとお金をもらう約束をしたようです。

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紗栄子とダルビッシュの父との確執

ダルビッシュと約1年3ヶ月に及ぶ離婚協議になり離婚が成立した紗栄子。離婚協議が長引いたのは、ダルビッシュの父と紗栄子との間で慰謝料についての考え方と額に開きがあったという。結局、紗栄子が折れる形で離婚が成立。しかしダルビッシュの父は紗栄子に嫌悪感を頂いてという。

2012年シーズンからメジャーに挑戦しているダルビッシュ。前半戦だけで10勝をあげ、オールスターにも選ばれた。オールスターという晴れ舞台に立つ勇姿をダルビッシュが見せたかったのは当時、4歳と2歳になる子供だった。

「離婚後、親権は紗栄子さんが持ち、息子たちと離れて暮らしていますが、ダルも子煩悩だし、子供達もパパが好き。試合がある時はダルのチームのユニフォームを着てテレビの前で応援しているんですよ。だからダルはどうしても子供達を招待したかった」(ダルの知人)しかし、その障害となったのが、ダル父・ファルサさんだった。

離婚まで時間がかかったのも、ファルサさんと紗栄子の対立が背景にあった。ファルサさんは紗栄子に離婚は慰謝料も財産分与もゼロ。しかし、紗栄子も負けておらず、月に1000万の養育費を要求していた。
「夫婦生活を送っていた時、紗栄子さんはふたりの子育てなどのために、きちんと貯金をしていました。でもファルサさんは離婚にあたってこの貯金を返すように言ってきたそうです」(芸能関係者)

2012年1月にようやく離婚が成立し、紗栄子とファルサさんの確執も終わったかに思えた・・・。しかし、2012年2月27日に再び始まってしまった。紗栄子がブログでベストフレンドと題し、ダルとのツーショットを掲載したことがきっかけだった。
「その写真は、離婚前の2010年11月に撮影された結婚記念日の写真でした。離婚協議が終わった直後だったので、また息子を利用するのか!と激怒しました。そして紗栄子の事務所に猛抗議したんです」(ダル知人)

「もうとっくに別れたのに、わざわざブログでダルとの関係をちらつかせることにイライラを募らせてしまったようです」(芸能関係者)
紗栄子にしてみれば、別れても子供の父はダル、険悪であるより、良好な関係であることが子供達には重要という考え方だった。

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