西城秀樹は子供たちと奥さんに励まされ脳梗塞で後遺症も復帰へ

歌手の西城秀樹は1972年に「恋する季節」でデビュー。以降1974年の「傷だらけのローラ」、1979年の「YOUNG MAN」、1983年の「ギャランドゥ」などヒット曲も多い。1973年から出演したCM「バーモントカレー」のセリフ「ヒデキ、感激!」は印象深い。NHK紅白歌合戦には18回出場。

西城秀樹

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西城秀樹と子供たち

2008年11月中旬の週末、赤坂・日枝神社は朝から参拝者で賑わっていた。七五三の晴れ着で着飾った子供と親たちが並び歩く参道のなかでも、ひときわ目をひく家族がいた。西城秀樹ファミリーだった。

「うちは年子なので、3人そろっての七五三になりました」と語る西城秀樹。
2001年に妻・美紀夫人と結婚し、翌年6月に長女・2003年に長男・そして2005年に二男と、3人の子供を授かっている。芸能界でも西城秀樹の子煩悩ぶりは有名だという。
「彼は親バカといわれても「僕は親バカでけっこう!」と言えるほど子供たちに対する心構えがしっかりしています」(秀樹の仕事仲間)
西城秀樹の子供に対する思いの陰には、病気との闘いの中で深めてきた家族の絆がある。

西城秀樹

美紀夫人が長男を妊娠しているとき、西城秀樹は脳梗塞で倒れた。
「芸能界引退も考えたようですが、奥さんのゆっくり治しましょうという言葉と、お腹の子供にはげまされ、復帰できました。二男がうまれることは脳梗塞の後遺症で軽いうつ状態になっていましたが「子供達のためにもいい仕事がしたい」という気持ちでリハビリに専念し、乗り越えました」(仕事仲間)

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そして迎えた七五三の日。
「子供たちの撮影は、今日はご勘弁下さい。学校が芸能活動を禁止しているので、一緒にCMに出演することもできないんですよ。申し訳ございません」と恐縮する西城秀樹。
それでも表情が緩んでいたのは、2009年春に都内の有名私立小学校に入学が決まっていた長女のお祝いを兼ねた七五三になったからだった。
お参りの後、一家は七五三にきていた家族に囲まれた秀樹人気は健在。
「子供たちは、無事に育っています。この年でまだ小さい子供がいますが、逆に僕の方が元気をもらっています。定期的に体調の検査をしてますから、大丈夫です」
と宣言して立ち去った西城秀樹。

2009年3月にNHK朝の連続テレビ小説「つばさ」に出演。同年4月からはNHK教育「趣味の園芸 やさいの時間」にレギュラー出演するなど順調だった。

しかし、2011年12月に脳梗塞を再発。その影響で右半身にまひが残った。2012年6月仕事再開。その後も西城秀樹は週3回の過酷なリハビリに励み、現在はプールリハビリなどでつえ不要まで回復。二度脳梗塞で倒れ、懸命にリハビリに励みながら歌手活動を続ける西城秀樹の姿にファンからは「彼の精神力の強さには敬服する」「努力と凄みを感じた」など称賛と感動の声が殺到しているそうです。

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