大魔神・佐々木主浩の再婚相手・榎本加奈子に長女の娘は!

元プロ野球選手の佐々木主浩は1991年に、元アイドルの清水香織と結婚。その後長女と長男が誕生したが、タレントの榎本加奈子との不倫関係、榎本の妊娠により夫婦仲は修復不可能になり2005年3月に離婚。子供2人の親権は佐々木が持つことに。翌月の4月に榎本との間に男児が生まれ、5月に再婚。2006年6月、再婚後2人目の男児が誕生しています。

佐々木主浩

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大魔神佐々木が飲酒運転をスクープされる

2008年9月29日、東京駒沢公園近くのパーキングに、仲むつまじい家族の姿があった。

すれ違う人達が、思わず立ち止まって振り返るほど、パパはがっちりしていて、ママはすらっとした美人だ。
「大魔神佐々木と榎本加奈子だ」
一家は楽しそうな話をしながら、駒沢公園近くの焼き肉店に入っていく。その日は榎本加奈子の誕生日。
家族でお祝いディナーに来たようだ
「こどもは、幼児2人と中学生の男の子だけだったんですか。ということは、やはり16歳になる長女は一緒じゃなかったということですね・・・」と話すのは芸能レポーター

「不倫愛の末の結婚から3年。すでに2人の子供をもうけた榎本ですが、佐々木は前妻との間の長女と長男を連れての結婚でした、榎本と長女の年齢は12歳しかない。やはり確執はあったんでしょう。昨年長女だけが佐々木の故郷の仙台へ引っ越し事態になりましたからね。」

2008年4月、高校入学を機に長女は再び東京へ戻ってきたという。
芸能レポーターが明かす
「僕が聞いたところでは、長女は佐々木に似ていて身長は170CMを超えてる長身のうえ、元アイドルだった実母譲りの色白な美少女だそうです。彼女の夢は女優になること。今は都内にある高校に通って勉強中だそうです。しかし彼女は都内に戻っても、実家では暮さず、一人暮らしをしているようです。」

焼き肉店では、家族全員が揃っての祝いにはならなかったが、2時間ほどの食事を終え、店から出てきた長男と二男はとても幸せそうだった。
佐々木がハンドルを握って10分足らずの家へ帰って行った。
しかし、その後、記者は同じ焼き肉店に入って、店員の話を聞いて驚いた。
「佐々木さんご一家は、座席用個室で和やかなご様子でした。一番大きなお子さんはコーラをジョッキで3杯も飲み、佐々木さんも生麦酒とレモンサワーを3杯。榎本さんはシャンパンとビールをお飲みでした」(店員)
生ビールとレモンサワー3杯を飲んだ佐々木が自らハンドルを握っていたというのだ!
榎本は、2005年9月にも自分で運転中に人身事故を起こしている身だ。

数日後、子供をを車に乗せ帰ってきた榎本に直撃した。
残念ながら佐々木は清原選手の引退試合のため、大阪にいってるということなので取材は出来なかった。
代わりに榎本に佐々木が焼き肉店で酒を飲んで飲酒運転したことについて問いただすと、彼女の顔がみるみる真剣になっていった。
「ごめんなさい・・・・。やってしま
いました。もちろんいけないんですよね。」
現行法では、酒気帯び運連は最低でも、3年以下の懲役または50万円以下の罰金になる。同乗者も同じ罰金になる。
「いつもは私が飲まないで運転するんですけど、あの、主人も誕生日だからということで、おれが運転するよという主人の優しさで。その日に限ってだったんです。いつもそうしてるわけではないので。」(榎本加奈子)

榎本は事実を認めた。
その様子からはショックと反省がうかがえた。
「批判を受けるのは、仕方のないことだと思います。普通の方以上に、私がきをつけなければいけない部分だと思うので、今後は気をつけようと思います」

飲酒運転は現行犯逮捕じゃないとだめです・・・。飲酒運転についての考え方が甘すぎると感じてしまったのですが。

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榎本加奈子の父親は生活苦で路上販売生活をしているのに知らん顔

不倫略奪婚をし芸能界もすでに引退した状態の榎本加奈子ですが、飲酒運転をさせたり、プライベートではいろいろと話題を提供してくれていますが、今度は実の父の話題です。
この不景気、生活苦の父が路上販売で生計をたてていることを知っているのに、榎本加奈子は実の父に対しては何もしていないようです。
自分は金持ちをつかまえて結婚し、今は佐々木家の人間なので関係ないといっているようです。実の父に対してなぜここまで・・・

2009年12月、寒空の日曜日、都内でも有数のとある野外フリーマーケット会場に、帽子をかぶり、髭を蓄えた60歳前後と思われる男性の姿があった、この男性こそ榎本加奈子の父である。
写真では松葉杖をついていて、体も弱そうです・・・。 

毎週日曜日に出品しているという父に話しを聞くと。
「ああ、加奈ちゃんね。知ってるの?」
嬉しそうに加奈ちゃんと呼び、さらに、「お忍びでね、加奈ちゃんもたまにくるんだよ。最近はあまり会えないけどね」
本当にこんなとこに榎本加奈子が来るのかは疑問だが、我が子のことを話し始めた。
話をしている途中でも熊のぬいぐるみ400円を売っていた父・・・。
そもそも都内で精米店を営んでいたが。
「米屋は、もうやめたんだよ。僕は生け花の師範になって、いまも港区に住んでいるよ」
娘のことを話終わると。
「鳥の置物を持って行け!5000円でいいから」と商売人の顔も。 

父の言っていることが本当か確かめに行くと。
「おばあちゃんが住んでるけど、男の人はいないな。昔から見たことないよ」
それなら生け花教室がある千葉にもいったが、すでにもぬけの殻。
「スナックと生け花教室をやってましたが、始めたのは20年くらい前になるかな。スナックの入り口は加奈子さんとの写真が飾られていて、隣の古い木造アパートにひとりで住んでいたようでした。スナックは全然人が入っていませんでしたね」(近所の店主)
近所の住民からはこんな話しも。
「お父さんは離婚したっていってましたよ。かれこれ10年前くらいになりますが。再婚して、新しい奥さんとスナックをやってたんです。加奈子さんも、佐々木さんと結婚する前までは、遊びに来てたんですけどね」 

一方の榎本は、3億円の豪邸に住み、200万円のバッグで保護者会に参加するセレブ。
カレー店を経営したり実業家でもある。
父親のことを直撃すると。
「路上で雑貨売り生活?そんなことはしてないと思いますけど。私は行ったこともありません。もう佐々木家に入った人間なので」
父親とは無関係だといわんばかりの榎本加奈子でした。

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榎本加奈子が再婚相手の佐々木主浩の娘を追い出した

都内の高級マンションの部屋は50㎡ほどの広さだという。
そこには18歳の女子高生がひとりで暮らしている。
彼女は元メジャーリーガーの佐々木の長女だ。
佐々木は横浜ベイスターズ時代の1991年に前妻・B子さんと結婚し、ふたりの間にはA子さんと2歳年下の長男が誕生した。
しかし、2000年のメジャー移籍によって夫婦はスレ違い始める。
そんな時に出会ったのが、妻・榎本加奈子だった。
彼女の妊娠を機に2005年3月に、佐々木は前妻と正式離婚した。
いってみれば榎本の略奪婚だった。 

2005年4月に榎本は出産し、2006年6月には二人目となる男の子を出産。
いきなり4人の子供の母親となった。
結婚当初は、A子さんは、姉妹のように仲良く暮らしていた。
だが、結婚から2年たった2007年5月、当時中学3年生だったA子さんは自宅を飛び出すようにして、佐々木の故郷、宮城の祖母の元に身を寄せた。
はじめのうちは一緒に買い物にいくなど良好な関係を築いていたふたりだが、榎本が仕事を再開したことから、徐々にずれば生じていったようだ。
あれから3年・・・。
「A子さんは高校入学を機に東京に戻ってきたんです。でも榎本さんとのわだかまりは解けず、自宅には戻らずに、一人暮らしをしながら都内の有名私立高校に通っているんです」(佐々木の知人) 

そんなA子さんはブログを始め、継母である榎本への思いを綴っていた。
「誰のおかげで今の生活があると思ってんだよ。こんなに我慢して耐えるなんて中学の時は気づけなかったよ。まんまと口車乗ってさ。追い出されるなら受け入れなきゃよかったって毎日後悔しているよ。このブログみてるらしいね!気持ち悪いからもうやめてくれない?二度とあんたのネタかかないから」
A子さんは榎本に家を追い出されたと主張していた。
佐々木と榎本が当初、略奪婚をした時は、金目当てといわれていたが・・・。
A子さんも当時は中学生でそれに気づけなかったことを悔やんでいるようだ。 

さらにA子さんの暴露は続く。
A子さんは宮城に転校に関して、
「某、A子ちゃんが中学の時、地方の祖母の家に家出してそのまま転校させられたらしい。こういう最悪なケースがあるかもだから気をつけてほしいわ」と、転校自体が最悪だったと明かしている。
さらに人生をやり直したいというまでも・・・。
「小学校の頃に戻りたいとか1年前に戻りたいとかよく言うじゃん。わたしなんかさあ受精卵からやり直したいよ」

榎本はこのことについて
「ブログは見ています・・・。見守ってますし・・・。とにかく、なんともいえない」と苦しい表情を浮かべた。
A子さんは今、実の母が会ってA子さんをケアしているそうだ。
思春期のためなのか?それとも本当に不仲なのか、榎本は困っているようだ。

榎本加奈子 佐々木主浩

佐々木の娘が涙の告白!再婚相手の榎本に家を追い出された

佐々木主浩さんの娘Aさんが再婚相手の榎本加奈子にいじめられてきたことを2014年、涙の告白をしています。Aさんは2010年にも新しい母の榎本加奈子と上手くいっていなくて家を追い出されれ1人暮らしをしていることを告白しています。

Aさんは佐々木主浩さんの前妻の清水香織さんとの間に生まれた子供です。
佐々木主浩さんと清水香織さんが離婚をしたのは、2005年3月に離婚。
子供は長男と長女Aさんの2人がいましたが、親権は佐々木主浩さんが持つことに。
そして、佐々木主浩さんは06年6月に榎本加奈子さんと再婚をしています。
再婚後、佐々木さんと榎本さんの間には2人の子供が誕生しています。

ここまでを見ると普通の再婚に見えますが、実は当時メジャーリーガーだった佐々木さんと不倫をしていたのが榎本加奈子さんです。
ようするに不倫からの略奪婚をしたわけです。
当時この結婚は、佐々木さんの金目当てで榎本さんは結婚をしたとも噂されました。

Aさんと榎本さんは性格があわなったのでしょうか?
Aさんは当時中学生だったので、突然新しい母を連れてきたので戸惑ったのかも知れませんね。
高校生になる頃にはAさんは家を出て1人暮らしをするようになりました。(Aさんは家を追い出されたと前回話しています)

前回の告白から約3年半が経ちましたが、Aさんと榎本さんの関係は修復されることなく、さらに悪化をしていると報じられています。

Aさんが話す。あの人が家に来たときのことはよく覚えています。
05年3月末に小学校の卒業式を終えた後に、父と別居していた母から「お父さんと一緒に住みなさい」と言われ、私と弟は世田谷の実家に行きました。
そこでお手伝いさんとして紹介されたのが加奈子さんでした。
その3日後には「住み込みでもいい?」という話になって彼女が家に引っ越しをしてきました。

最初は悪い印象はなかったのですが、4月になって父の名古屋遠征に同行をしていた彼女の口から「妊娠8ヶ月です」との衝撃の事実を告げられました。
その2週間後にはもう子供が生まれていて、慌てて5月9日に入籍したんです。

そしてAさんと榎本の確執が始まる。
Aさんは自宅を追い出され居場所を失った中学時代、そして家族から犯罪者扱いをされたこと・・・。

輪谷氏の実母は父と離婚した時、加奈子さんとは別れたものだと思っていました。
父と加奈子さんの結婚と出産は報道で知ったそうです。
2人は騙し打ちのような形で結婚したのです。

母はそれまで何度も父の女性関係で泣かされていました。
加奈子さんとの不倫は父がメジャーを撤退してから日本に帰ってきてからも続いていました。
私と弟は母と一緒に横浜に住んでいましたが、母は精神的にダメージを受け入院をすると、私たち2人は横須賀の知人宅に預けられ、片道2時間の距離をかけて私立小学校に通っていました。
母も精神的に参って入院をして、小学生だったAさんも弟もストレスなどで精神科に通うことになってしまったそうです。

離婚する半年ほど前、父は改めて買った婚約指輪を渡して、「やり直したい。榎本さんとは別れるから離婚しないで欲しい」と土下座して涙ながらに訴える姿を見ました。
母は返事を保留してたのですが、2ヶ月ぐらい経ってから、「やり直そう」と言った時には、父に「もう遅い」と言われたそうです。
その時、加奈子さんが妊娠していたのです。
どうやら離婚をしていないのに、佐々木さんは榎本さんとの不倫で妊娠をさせてしまったようです。

佐々木主浩

Aさんの中学時代

当時通っていた私立中学はお弁当制だったのですが、朝起きるとテーブルに1000円が置いてあり、それで朝ご飯と昼ご飯を購入して食べていました。
夜はゴルフ部に所属していたので、部活の後にパンかおにぎりを買っていました。
その後は塾に通っていたので、帰宅は夜の11時という生活でした。
友達は弁当を持ってきていたので、私も加奈子さんに弁当を作ってほしいと頼み用意してもらった弁当を学校で開けると、「豆腐が一丁と醤油が入っていました」。
周りの友達もえーって驚いていて、そこから友達のお母さんが日替わりで弁当を作ってくれたことがあります。

加奈子さんは父がいるときといない時とでは態度が明らかに違いました。
父がいるときは夕食を一緒に食べていましたが、父が不在の時は食事が容易されていないことも度々ありました。
加奈子さんとは会話すらほとんどありません。
食事や買い物に2人で行ったこともありません。
学校行事に来てもらった記憶もありません。

父は不在のことも多く、実母と会うことを禁じられていました。
でも耐えきれずに父に内緒で実母に会ったら、約束を破って子供に会ったということで、母は離婚の慰謝料を剥奪されました。
私の責任です・・・。
その後、携帯電話も変えられ、母との一切の連絡を禁じられました。

このままでは家に自分の居場所がなくなると思い、父が出張でいない時に加奈子さんに、「話し合いをしましょう」と言ったことがあるのですが、加奈子さんは手振りでシッシとやって「あっちいって」と迷惑そうに言ったのです。

それでここには居られないと思い、深夜に弟と家を出ました。
新幹線で宮城県の父方の祖母の家に向かいました。
翌日になってからも父や加奈子さんからは電話1本もありませんでした。
結局、父が迎えに来る間の約1ヶ月をここで過ごしました。

その後も加奈子さんから「出て行きたければ出て行けばいい」と言われて2日間公園で野宿をしたことがあります。
自宅に荷物を取りに戻ったら、私のアルバムやビデオなどがゴミ袋に入れられ駐車場の隅に捨てられていました。
ついには、加奈子さんから「一緒に住めないから出て行って」と言われ、宮城にある祖母のところへ行くように指示されました。
もう中学3年になっており、転校の手続きも勝手にされて、友達にお別れの挨拶もできないまま離れたのです。

Aさんの高校

宮城では登校拒否になり、引きこもりになり、円形脱毛症にもなったそうです。
高校では慣れ親しんだ東京に戻りたいと思っていたのですが、加奈子さんは、「高校の学費を出したくありません」と最初は許してくれませんでした。
でも受験に合格してあらためてお願いをしました。
父も「高校まで行かせてやってくれ」と加奈子さんに頼んでくれて、ようやく認めてもらいました。

ただ、一緒に住むことは認めてもらえず、ワンルームマンションを借りてもらいました。
家賃とは別に生活費として6万円を負担してもらうことになっていたのですが、期日通りに振り込まれないことも多く、そのうち金額も減っていったので、高校2年からはアルバイトをして補いました。

高校卒業後のAさん

東日本大震災の時、家族は私の知らないところで放射能の危険から身を守るために沖縄に一時避難をしていました。
私だけ置いていかれてショックでした。

その一方で加奈子さんは輪谷氏のツイッターを常にチェックしていました。
気づいたことがあると印刷をして父に知らせている。
見慣れない鞄の写真がアップされていると、「こんな鞄持ってるけど、風俗でもやってるんじゃないの」と勘繰る。
鞄は実母からの贈り物でした。

2014年4月に父が野球殿堂入りを記念して横浜で始球式をしました。
私は友人と見に行ったら、球場の個室に父と加奈子さんがいた。
私は不眠症で体調を壊し、バイトを休まざるを得ない時期があり、生活資金が足りないので、その場で家賃の援助を申し入れたのです。
すると加奈子さんは、「風俗でもやれば」と言い放ちました、
父は「風俗なんかで働いたら戸籍抜くぞ」って行っていましたが、この言葉は衝撃でした。

誰にも必要とされていないと思い詰め、数日後に大量の睡眠薬を飲んで自殺未遂を図ったのです。
救急車で搬送されましたが、父も加奈子さんも心配すらしてませんでした。
翌日に呼び出されm「うちの家に迷惑掛けないで!世間にばれたらどうしてくれるの?」とまくし立てたのです。

家族との亀裂を決定的に感じたのは、私が世田谷区の実家に不法侵入したとして、先月警察署の取り調べを受けたことでした。
家族が外出中の時に、子供時代のお気に入りの写真を持ち帰ろうと久々に家に入ったのですが、結局見つからずに引き上げたのですが、勘の鋭い加奈子さんが、誰かが家に入ったと騒ぎ始めたのです。

そして私は父からの問い合わせに自分が言えに入ったことを認めました。
それでも加奈子さんは事件かにこだわっていたようで、被害届けを出し、私は事情聴取されました。
警察の人は、「これは家族の話。お母さんはあなたのことが嫌いで感情論で言っているだけだ」と呆れていました。
結局、私が反省文を書き、警察で保管して処理を終えるという形になりました。

佐々木に顧問弁護士を通して取材を申し入れると、担当マネージャーが佐々木に確認したうえでこう答えた。
「榎本との確執はAさんが一方的に思っていることでしょう。彼女の被害妄想もあると思う。教育方針は佐々木が決めており、榎本が口だしすることはありません」

警察での被害届けについては?
「家族でも最低限の礼儀は必要であり、佐々木が警察にお願いをして反省を促すべく彼女から次長を聴いてもらった形です。佐々木もこういう結果になって、僕の教育が間違ったのかも知れないとも話しています」

このことで、Aさんは父との亀裂も生じてしまい、家族ではなくなってしまったと感じているそうです。

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