関根勤が娘の関根麻里に出した結婚条件!ルー大柴と絶縁も

お笑いタレントの関根勤は、1974年にTBS「ぎんざNOW!」の素人コメディアン道場で週初代チャンピオンとなり、1975年1月に芸能界デビュー。デビューがうさぎ年だったため「ラビット関根」という芸名に。1982年「欽ちゃんのどこまでやるの」にレギュラー出演し、そのころから芸名を関根勤としマルチに活躍しています。娘はタレントの関根麻里。

関根勤

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関根勤がルー大柴と共演しないと絶縁宣言

温厚な性格でも有名な関根勤がなんとマジに切れている相手がいたという。その相手が長年ラジオ番組を共演してきたルー大柴。30年来の友人で芸能事務所も同じふたりにいったい何があったのか?

関根勤、ルー大柴、小堺一機の3人は30年来、同じ事務所に所属していた、いわば苦楽をともにした同志。
その中でも、ルーは人一倍、波乱万丈な人生を送ってきた。
今から33年前、ルーは芸能界の門を叩いた。
ところが、鳴かず飛ばずの時代が続き、27歳での結婚を機に、芸能界からフェードアウトしかけた。
そんなルーに、救いの声をかけたのは、ほかならぬ関根だったという。
「関根さんが、ルーにラジオに出ないか?って誘ったんです」(ラジオ局関係者)
そのラジオ番組こそが、『コサキンDEワァオ!』(TBSラジオ)。
ふたりのゆる~い雑談がリスナーに受けて、深夜番組でありながら27年半もの間、放送を続けた長寿番組だ。
ルーがブレイクしたのは、この番組のおかげといっても過言ではない。
そんな伝説的番組も、2009年3月に聴取率の低下などを理由に終了することとなった。
それを惜しむリスナーからは、「番組が終わる前にもう一度ルーに出てほしい」
こんな声が出るのには理由がある。
「1年前、ルーは以前まで所属していた事務所を出て、マネージャーと一緒に独立しました。ルー語で再ブレイクを果たすや否やの出来事で。これが波紋を呼んだんです」(芸能プロ関係者)
これを機に、『コサキン』の出演もパッタリ。

関根勤

2008年8月には、関根が座長を務める舞台『カンコンキンシアター』出演者の欄にも、ルーの名前はなくなった。
1989年の旗揚げ時から、ずっと出続けていたのにもかかわらず・・・・。
「公演スタート前に、ルーは新幹線から電話1本でやめると関根に伝えたんです」(舞台関係者)
たった1本の電話による突然のドタキャンには、あの温厚な関根も怒り心頭だったという。
舞台関係者は続けて、
「公演前に言うのはなぁ。と関根さん、嘆いていたんです。さらに、公演を見たお客さんのアンケートで、なんでルーが出ないんだ!?という言葉が多くて、それを見た関根さんは思わず、誰のせいで・・・・・。ムカつくんだよねとも話していましたよ」
再ブレイク時の事務所独立に、ドタキャンで、ふたりの間にはわだかまりができてしまったのだろうか。
実は過去にも、天狗になってしまい、仕事を干された経験があるルー。
リスナーの声はもう届かないのか。真相を確かめに、関根に週刊誌が直撃。

ルーさんが『コサキン』の最終回に出ることはない?
「それは、ないでしょうね」と、ハッキリ断言。司会の関根がそこまでいうのには、何かしら根拠があるはず。
それは、ルーさんとの間にわだかまりがあるから?
「いやルーとはないですよ。ただ独立したりで、いろいろと大人の事情があるから。ルーのマネージャーと、うちの事務所との関係もあるし・・・・・」
何やら複雑な事情を吐露した。

これに対し、ルーの事務所の代表を務めるマネージャーに話を聞くと、
「私たちが、君たち独立してくれないか?っていわれて独立したんだから。
これからってときに。むしろ裏切ったのはあっちですよ!」
今まで裏切ったのはルーと見られていたのが、我慢できなかった様子。
さらに熱を帯びた口調で、「一筆だってもらってるんですから。外に出て頑張ってくれって。『コサキン』だってオファーがあれば、こちらは絶対出ますよ!」(ルーのマネージャー)

この激怒ぶりに、ただならぬ雰囲気を察知し、後日、あらためて関根に尋ねてみるも、
「僕にはわからないことだから。出演に関しても、どうなるかわかりません」
それでも「共演はない」とキッパリいっていただけに、最終回も難しそう。
このままトゥギャザーしようぜ、とはいかないようで・・・・。

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娘の関根麻里が韓国人歌手Kと結婚へ

関根勤の娘・関根麻里が、韓国人歌手Kと交際していることが報じられました。Kとはすでに両親にも紹介済みのようで、結婚も決まっていると報じられましたが、関根麻里は交際を否定し、仲のいい友達だと言っていましたが、真相はどうだったのでしょうか?

「娘が中一まで一緒にお風呂に入っていましたよ」
「父が裸でリビングをウロウロするのが気持ち悪いんですよ」
しかし、お隣の国(韓国)では、こんな親子の軽妙なトークで許されない。
どこの国との間に文化の違いはあるが、韓国には独特の習慣や制度があり、日本から嫁いだ女性の多くが苦しんできた。
麻里は、大学時代をボストンで暮らし、自由なアメリカ生活になれている。
なおさら耐えれないのではという心配の声がある。

2012年、レギュラーが7本もある麻里。
そんな彼女と韓国人歌手Kとの熱愛が発覚した。
2009年に麻里がパーソナリティーを務めるラジオ番組にKがゲスト出演したことがきっかけに交際をスタートさせる。
Kは韓国人男性の義務である兵役に就いたため、ふたりは離ればなれに。
それでも麻里は、休日になると韓国へと飛んでいた。

そして約2年に及ぶ兵役を終え、2012年10月に日本で活動を再開。
麻里は親しい知人に結婚をしたいと漏らしている。
「麻里ちゃんはもともと、K-POPが大好きだった父をライブに連れて行って、家族ぐるみの交際が始まったそうです。関根さんもふたりの結婚には大賛成で孫の顔がみたいといっています」(芸能関係者)

しかし、結婚の壁は厚いようだ。
韓国では、息子の結婚相手を見る両親の目は厳しい。
相手の家柄、仕事、収入、年齢、宗教などの条件があるが、特徴的なのが占いに頼る点だ。
韓国人男性と結婚した女性がこう話す。
「韓国で大事なことはサジュと呼ばれる占いで決める習慣があって、親がふたりの相性をサジュでしらべて、悪い時には強制的に別れさせるとかもあるんですよ」

さらに、日本の女性はまだ苦しむことがあるという。
それは挨拶の仕方らしい。
「目上の人には、チョルと呼ばれる土下座のような挨拶をしなければいけないんです。やり方もよく分からないし困りましたよ・・・」(同上)

さらに、食事は目上の人がはしをつけるまで始められず、それを破るとビンタされることもある。
お酒の飲むときは、顔を横に向け口を隠して飲むのが礼儀。
韓国では男尊女卑が厳しいから、日本の女性が嫁ぐとかなり苦労するようです。
そのため、麻里が父に対して冗談でも気持ち悪いということは完全にNGなのだ。
ここで紹介した文化の違いは極一部だそうです。
関根麻里は、こんな厳しいところで嫁ぐことができるのでしょうか?
本人は交際を否定していたようですが、付き合っていたようです。

関根麻里

関根勤が娘の関根麻里に出した結婚許可条件は

関根麻里が韓国人歌手Kと5年交際を経て、結婚をすると2014年7月に発表。

当初、娘が韓国人と交際をすることは認めていましたが、結婚することについては、父の関根勤さんは悩みがあったようです。
娘が結婚をして韓国に嫁いでしまうと、文化の違いなどで苦労すると思っていたのかも知れません。

そこで、娘が韓国人歌手Kと結婚をする条件を出したそうです。
それは、Kの姓を関根にし、婿にすることだそうです。
Kは韓国人で韓国国籍ですが、ここ数年は日本で生活をしているため、この条件に合意し、関根麻里との結婚に許しをもらえたそうです。

関根勤さんは、交際当初から娘の麻里さんとKさんのことをサポートしてきました。でも結婚だけはなかなか認めることができなかったようです」(テレビ局関係者)

関根麻里とKの交際のきっかけは、2009年に彼女のラジオ番組にKが出演したことだった。
その後、麻里がKのライブに通い、交際に発展。
2011年にKが兵役についてからも、麻里は韓国まで会いに行っていた。

交際5年で結婚までたどり着いた2人。
そこまに至るまではある条件があったそうだ。
関根勤が2人に結婚する条件を出したのだ。
「日本で生活をすること」「関根姓を名乗ること」
関根勤は麻里が一人娘なので、目の届くところに置いていたかったそうです。

Kは日本で10年以上活動しているので、日本に住むことは問題ないそうです。
そして、関根の姓を名乗ることになるので、日本国籍の取得する可能性が高いとのこと。

その後、2014年8月に二人は結婚。2015年6月に妊娠が明らかになり、同年11月に第1子となる女児を出産しています。

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