島倉千代子の肝炎との20年に及ぶ闘病生活!元夫は藤本勝巳

歌手の島倉千代子は1954年にコロムビア全国歌謡コンクールで優勝。1955年に「この世の花」でデビュー。1957年の「東京だョおっ母さん」が大ヒット。1988年に「人生いろいろ」で日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞。1963年にプロ野球阪神の藤本勝巳と結婚も、1968年に離婚。2013年11月に肝臓がんのため75歳で死去しています。

島倉千代子

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肝炎との20年に及ぶ闘病生活!中絶3回、借金12億円、身内の不幸

演歌歌手・島倉千代子は晩年は闘病生活をしていたそうです。演歌歌手時代は、ブレイクし裕福な暮らしをしているのかと思いきや、知人に財産を奪われたり、他人の借金12億円を背負ったり、事務所のスタッフに裏切られたりし、お金を持ち逃げされたりと人に裏切られる星の元に生まれたのかというだったのかというほど・・・。華やかな裏には、かなりの苦労があったようです。

「彼女の容体は事務所の女性2人とごく限られた人しか知りませんでした。亡くなる2日前の午前4時に島倉さんから体調が悪いと連絡を受けたマネージャーが病院に急行しました。最後は身内ではなく、マネージャーとその友人に看取られながら眠るように息を引き取ったそうです」
2013年11月8日、日本コロムビアが会見を開き、肝臓がんのため亡くなったことを発表した。

2010年にがんが発覚し、治療をしてきてが、2013年に入って肝硬変を併発。
2013年6月から入退院を繰り返し、11月8日に容体が急変した。
「彼女は自分ががんだということは知っていました。当初、医師から勧められた手術があったのですが、喉に影響がでると聞いた彼女は、それはやりたくないと言ったそうです。そこで、治療に長い時間がかかる別の手術を3度しました」(日本コロムビア)

島倉さんの人生は波乱万丈だった。
1961年、ファンが投げたテープが目に当たり失明寸前になる。
1963年には周囲の反対を押し切り、阪神タイガースの藤本勝巳と結婚をしたが、その頃から次々に不幸が襲いかかってきた。

「この年に父が亡くなったんです。彼女はこの年に藤本さんとの間に子供を授かりました。でも、清純派といわれていた彼女にとって結婚は御法度で、妊娠などはもってのほか、そのため彼女は中絶しました。島倉さんは3度中絶をしています。その後、藤本さんとは結婚5年で離婚。苦しみから逃れるために彼女は薬を飲んで命を絶とうとしました。4年後には母も他界しました。周りから次々と心のよりどころが消えていく中、失明寸前の自分を救ってくれた医師に心を寄せていきました」(芸能関係者)

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しかし、この医師が借金を作り蒸発!
彼女は連帯保証人となっていたので12億円の借金を背負うことになる。
借金返済のために仕事を選ばずに頑張って返済をした。
そんな中、1988年には姉が自ら命を絶つ。
1993年には乳がんを発覚。
2007年には知人に資産を奪われて、また多額の借金を背負う。

2008年に週刊誌で森昌子と対談し、このようなことを言っていた。
「人生って、生きているってことには、涙はつきものだと考えているの。でも、涙をこぼしても一生、笑っても一生ならどっちを取るか。そう考えた時、やっぱり笑って生きていった方がいいよね」

晩年は事務所兼自宅でスタッフ付き添いのもと過ごしていた。
2010年に肝臓がんを発覚したが、2013年6月には宮崎県でコンサートを開催している。
10月に一度退院をして、11月6日に再入院したが、そこである計画を立てていた。
コロムビアはこう明かす。
「5月頃から体調が悪くなり仕事をセーブしていました。本人は来年の60周年に向け精神的に意見を出していました。新曲も南こうせつさんに依頼し、60周年記念BOXに入れたいと。6日に再入院する前には自宅に録音機材を持ち込みレコーディングもしていたようです。曲名はからたちの小径です」

からたちの花言葉は思い出だそうです。死期を悟っていたのかも知れません。

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