山田邦子は5年かけて乳がん完治!一度芸能界を干された

お笑いタレントの山田邦子は、1981年にドラマやバスガイドネタなどのお笑いで芸能界デビューし「ぶりっ子」という流行語を生み出した。以降、バラエティ番組の司会、ドラマ、ラジオDJなどで活躍。NHKの好きな女性タレントで、1989年から1996年まで8年連続第1位を獲得。2000年、番組制作会社社長の後藤史郎と結婚。2007年に乳がんが発覚。摘出手術に成功し、2012年に完治。現在、乳がん早期発見を啓発するための講演活動を行っている。

山田邦子

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一度芸能界を干された山田邦子にまた再ブームの兆し

「女性ピン芸人は天下をとれないという芸能界の定説を覆したのが山田邦子でした」(芸能記者)
ほぼ毎日、ゴールデンタイムに冠番組を持ち、好感度タレント調査では8年連続の1位。
クニちゃん人形までブームになるほどの人気だった山田邦子だが、ここ数年はテレビへの出演がめっきり減った。

山田の人気にかげりが見え始めたのは1990年代半ば頃である。
「1995年にNHK大河ドラマで、徳川吉宗の生母浄円院を演じましたが、完全なミスキャスト。これが転落の始まりだった」(芸能記者)
さらに決定的だったのが、現在の夫である。
番組製作会社社長との不倫熱愛騒動だった。
「いわゆる略奪愛だから、ただでさえイメージダウンなのに、この件を直撃した芸能レポーターに、(お前モテないだろ)(バカじゃないの)と逆切れしたシーンがワイドショーで報じられたことが致命的でした」(芸能記者)

その後、冠番組は次々に打ち切られ、テレビへの出演は減るばかり、落語に挑戦したり、宝石デザイナーとしても再出発をしたが、いずれも失敗をした。
2009年8月「おもいっきりDON!」で水曜のレギュラーを持ち、NHKの教育番組や音楽番組、ショッピングなどに出演中だが、人気絶頂時と比べると雲泥の差だ。
そんな彼女を2007年、乳ガンが襲う。
これが彼女の転機となった。

「昨今の健康ブームもあり、闘病中の芸能人は、健康関連企業などが主張するイベントで、実は引っ張りだこなんです。闘病タレントなんて言葉があるぐらいです。中でも山田さんは旬が過ぎたとはいえ、知名度は抜群ですから、その世界では超売れっ子になってます」(芸能プロ関係者)
しかもギャラはかなりいいらしい。
「通常の講演より、2.3割相場が上がります。山田邦子クラスだと、一回で百万は下らないでしょう。彼女はそれを、毎週末に1.2本はこなしているはずですから、レギュラー番組を2.3本抱えるより、ずっと稼げるはずです」(芸能プロ関係者)
テレビでの出演は少ないが、実はギャラがいい講演会で今、山田邦子ブームが起きているようです。

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山田邦子の闘病生活!5年かけて乳がん完治

山田邦子の乳がんは早期の発見が幸いしたようです。しかも、早期発見は自分でしたそうです。たけしの本当は怖い家庭医学の収録中に。早期の乳がん発見で3つも発見された山田邦子。2007年には手術を受けてから5年で、ついに完治したそうです。

2007年に乳がんの手術をし、放射線治療を終えて、同年8月から毎日飲み続けたホルモン剤治療が2012年8月29日に終了した。
「毎日飲み忘れがないようにしていた5年間が終わってみると複雑な気持ちです。毎日薬を飲み忘れないように必死でした。もう治ったと思い込もうとして、1年目から張り切ってめまいで倒れたりしてね。2年目になって振り返ったら、すごく調子が良くなって無理していたんだと思って。いつもめまいの薬を持っていましたけど、3年目になったらもっと調子がよくなりました。でも体調が悪くなり熱が出たりすると転移したのかなと不安になることもありました」

山田は治療以外にも自分なりのやり方で乳がんに立ち向かってきた。
そのひとつは食生活だという。
「今まで食事なんてどうでもよかった。ずっと仕事先のお弁当だったから。年間で1000食くらい食べていた。早朝から深夜まで。そりゃー具合も悪くなるわね。いまはそういうのは一切やめました」
肉と乳製品が好きだった食事から、それらを減らし、バランスよく食べたそうだ。

友人や周囲の人達には大変支えてもらえたのも大きかったようだ。
「倍賞千恵子さんには、同じ病気の先輩としてアドバイスをいただき励ましてもらいました」
病気になってから山田は、鎌倉に家を持った。
自宅から車で1時間の距離。
週末や仕事のない時は、海辺でよく空気を吸った。

「運動もすごくするようになった。もう体も元気になってきているので、5年目だから運動しようって。今年の小学くらいから筋トレをはじめました、ウォーキングをしたり、プロの方に見ていただいていたら、調子がよくなってきました。よく眠れるようにもなりました。他にも太鼓や長唄や社交ダンスも始めました」

タレントとして売れていた時は、多忙で無理ばかりをしてきた山田。
ガン治療の時は、なんでも無理しないようにしてきたという。
いまでは、乳がんより前より調子がいいそうだ。
更年期もないし、生理もあるので子供の出産も縁があれば考えているようだ。

今後の活動については、
「ふたりにひとりがガンになる時代だから、検診はしましょう。早期発見しましょうと伝えることが私の使命です。運命のようだと思っています。毎月5~6回講演に行きますが、必ずあとで早期発見しました。ありがとうという手紙が来るんですよ。レストランなどで見知らぬ人が、私も同じですよ。大丈夫よと励ましてくださる。さらに知人などがガンにいいと言われるものを送ってくださる。私はガンを公表して周りに支えてもらえたので本当によかったと思います。最近は若くなったと言われます。ミニスカートもはいてどんどん元気になって、私ってどうなっていくんでしょうね(笑)」

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