山口智子の生い立ち!唐沢寿明と“仮面夫婦”疑惑も女優復帰

女優の山口智子は1995年12月に俳優の唐沢寿明と結婚。1992年交際中のふたりは、山口の家で朝、朝食をしている時に、宅配業者を装った強盗に押し入られ、その時に唐沢が強盗を退治したことが結婚の大きな要因になったそうです。

山口智子

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視聴率低迷で苦しむフジテレビ!山口智子を連ドラ16年ぶり復帰

2011年視聴率3冠王を逃したフジテレビ。視聴率回復へ山口智子が本格的に女優として連ドラ復帰することになったようです。山口といえば、ドラマで高視聴率を叩きだす女優として有名でしたが、唐沢寿明との結婚を機に芸能界を休止してました。

「タイトルや台本はまだできていませんが、山口さんは家族に振り回されるサラリーマンの妻役を演じる予定です。笑って泣けるホームドラマのようです」(フジテレビ関係者)

山口智子が、最高視聴率36.7%を記録した1996年のドラマ・ロングバケーション以来、16年ぶりの連ドラ復帰になる。
2012年10月フジテレビ系ドラマで、主役の阿部寛の妻役を演じる。
「この枠は、木10として、愛という名のもとにや白い巨塔など高視聴率ドラマを続々生み出してきた。この2作は、山口さんの夫である唐沢さんが主役でしたし、何か縁を感じたかもしれませんね」(放送作家)

山口は8年半前に単発ドラマに出演したが、久々のドラマ復帰の背景には何があったのだろうか?
「山口さんは、今年初めに放送された向田邦子が、教えてくれることというドキュメンタリー番組に出演しました
2011年の大震災で見直されている家族の絆をテーマに山口さんが向田作品ゆかりの地を訪ね、彼女の魅力を再発見する内容でした」(番組関係者)
「ロケを振り返って、山口さんは向田さんがこだわり続けた家族の存在と、その家族たちが暮らす国・日本を見つめ直す旅になったようです。自分に何ができるのかと思い始めた契機になりましたとはなしてましたよ」(同上)

実は、山口は都内で雑貨店を経営していたが、2010年の春、閉店している。
「今回の旅でもう一度、改めて自分を見つめ直した結果、原点の女優復帰を決断したそうです」(番組関係者)
フジテレビ側の意向と、山口智子の経済事情が背景になるようです。
ロングバケーションはキムタクと共演をしたので高視聴率をとれたと思いますが、今回はどうなるのか。

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山口智子が連ドラ復帰を決意したのは人生再起のため

山口智子が50歳を目前に第二の人生を探しはじめたようです。その答えが女優復帰だったそうです。

2012年10月9日から放送される連続ドラマ・ゴーイング マイ ホームの制作発表が行われていた。
山口がドラマに出演するのは1996年のロングバケーション以来になる。
「ドラマはすごく久しぶりなので、すべて新鮮で感動的な毎日」ですと復帰した喜びを語っていた。

1995年に唐沢寿明と結婚し、翌年のロンバケ出演後はしばらく主婦業に専念していた。
2000年には自ら企画した海外紀行番組に出演し、以降ドキュメンタリー番組などに出演やセレクトショップの経営などをしていた。
「4年ほど休んでいた間は、ゆっくりと新婚生活を楽しんでいたようです。それまで視聴率女王として多忙でしたらからね。やがて仕事復帰を考えはじめた時には、女優復帰は頭にはなかったという。もっといろんな分野に挑戦したかったのでしょう。実際に日本の伝統職人を追った番組を企画した時はイキイキしてましたからね」(テレビ局関係者)

穏やかな主婦生活に転身した彼女は、自宅屋上での家庭菜園生活にも精を出すようになった。
「数年前に屋上に照明や換気扇が付いたガラス張りの温室ハウスを作りました。野菜などを菜園しているようです」

穏やかな生活を続けていた山口だが、このままの人生でいいのか問い始めたそうだ。
何が女の幸せなのか?私の居場所はどこにあるのか・・・・
模索した結果、自宅の屋上菜園では見つからなかったようだ。

1年ほど前に彼女は心の内を明かしていた。
「ドラマやりたいですよ。女優としての話、強く求めてます」
そして、50歳を目前に下した決断は女優復帰だった。
「山口さんは16年間、女優よりも妻として、夫を支え続けてきました。でも、それだけでは、彼女自身が満足しきれなかったのでしょう」(テレビ局関係者)
人生再起のために原点の女優活動に戻ったようです。
唐沢とは離婚危機も報じられていますが、どうなのでしょうか?

山口智子

連ドラ復帰に夫・唐沢寿明がサプライズ出演

16年ぶりに復帰するドラマに、大物俳優で夫・唐沢寿明がサプライズで出演し妻をバックアップすることが決まったようです。しかし、ふたりは仮面夫婦で仕事だけの関係だと2012年10月に報じられました。女優復帰は離婚へのフラグ?

山口智子が16年ぶりに連ドラ復帰するゴーイング・マイホームが2012年9日にスタート。
このドラマに夫・唐沢寿明もサプライズゲストで出演するという。
あの仮面夫婦の噂はどうなったのか?

山口がキムタクとコンビで君だ、平均視聴率29.6%を記録したロングバケーションは1996年に放送された。(フジテレビ)
今回、16年ぶりに連ドラ復帰をする山口を盛り上げようと、フジテレビは唐沢を用意した。
実はドラマで夫婦を共演させるのは至難のわざになる。

「芸能界で仮面夫婦の筆頭といわれた唐沢と山口のふたり。夫婦関係は破綻しているが、打算で夫婦を続けている。というのが定説。当然、ふたりの共演は絶対にタブー。キャスティングができれば担当者には褒美がでるといわれるほど難しい案件でした」(事情通)

その唐沢がスケジュールを空け、わざわざ長野県に自慢のフェラーリで乗り込んでくるという。
ゲスト出演のプランニングも唐沢のアイデアで、妻の久々の復帰で気合いもかなり入っているという。
気になる役どころだが・・・。

「キーマンと言っても過言ではない。出演するのは一瞬ですが、ドラマのテーマとなる伝説の生き物を最初に捜し当てた学者として登場するんです。その学者が綴っていた日記がヒントになって物語が進んでいきます」(同上)

唐沢は山口のために専用キャンピングカーまで用意し、撮影に向けて万全を期した。
さらにスタッフには豪華な差し入れを準備中だという。
「イタリアンやフレンチのケータリングサービスです。唐沢自身がシェフに粉して振る舞う計画のようです。これも全ては妻を応援したい一心で」(プロダクション関係者)

ここまで来ると、仮面夫婦や離婚危機とはかけ離れている。
だが、こんな声もある。
「そこまで夫としての甲斐性をみせつけること自体怪しい。当然、仮面夫婦とみられていることは本人たちの耳にも入っているんだから、そう思われないようにするためのカモフラージュ。ドラマ復帰をきっかけに山口の私生活が報じられることになるのでは」(芸能プロ関係者)
ドラマは高視聴率をとることができたでしょうか?

唐沢寿明

山口智子に不倫疑惑浮上

ゴーイングマイホームでドラマ復帰し、さらに夫・唐沢寿明とも共演をしました。
元視聴率女王のドラマ復帰とあり、話題になっていましたが、蓋をあけてみればドラマは大コケ・・・。
さらに、山口智子に不倫疑惑が浮上したようです。
なにやらイケメンの男性と連日一緒にいるところが2012年11月に報じられてました。
やっぱりふたりは仮面夫婦?。

16年ぶりにドラマ連ドラ復帰をした山口智子。
久々の連ドラでは、ダメ夫を支え仕事も家事も完璧にこなす妻を演じている山口だが、プライデートでも夫・唐沢寿明の影は薄い。

2012年9月14日の深夜、年下の男性との不倫を疑われても仕方ない現場を立て続けに目撃されたのだ。
週刊誌が目撃した情報は、東京青山での会員制ダイニングバーAから男性と腕を組んで出てきたところを、たまたま現場にいた女性グループが見ていた。
山口の事務所は、「その日は海外に行っていませんでした」と否定をしているが、一行の1人は芸能関係者で山口とも面識があり、見間違えることはないと断言している。

現時点でこの男性の正体は不明だが、目撃した女性はこう話す。
「水嶋ヒロに似たイケメンでした。黒いジャケットにグレーのパンツ姿で見た目は若い印象。20代後半から30代前半くらいでしょうか。今風な感じでした。タレントの可能性もなくはないんじゃないでしょうか」
ふたりはAを出た後に、タクシーに乗って消えていったそうだ。

イケメン男性が出てきたバーは、芸能人が隠れ家的に利用することでも知られ、売りはソファー付きの広いカラオケルーム
やや暗めの照明で、雰囲気作りには最適な環境だそうだ。
利用者は、友人同士より恋人同士での方が多いそうだ。

ふたりはその夜、青山の前には渋谷にいた。
2012年9月中旬に道玄坂で山口と若い男性のツーショットを目撃した男性の証言を最近、一部週刊誌が報じたのだが、関係者のよると、日付けを確認したら2012年9月14日で間違いなかった。
この時の記事は、ふたりは路上で熱い抱擁をし、キスまでしてタクシーで夜の街へと紹介している。

山口は唐沢と1995年に結婚をしているが、子供はいない。
さらにふたりは仮面夫婦だとたびたび報じられてきた。
自宅周辺では、唐沢と一緒にいた所を見たことは近年ほどんとない。
若いイケメン男性とキスをする仲ということは、恋人同士の関係なのだろうか?
芸能界復帰は、離婚フラグとも言われていましたが、ついに現実味になってきのか。

山口智子

山口智子、女優復帰した理由は3人の母の面倒を見るためだった

ゴーイングマイホームで久しぶりに女優復帰した山口智子。かつては視聴率女王でしたが2012年12月、視聴率低迷で大コケをしました。女優復帰は、旦那・唐沢寿明との離婚の準備のためではと噂されたり、仮面夫婦だとも報じられたりしてきました。しかし、ふたりの関係はいたって順調のようです。山口が復帰した背景には、高齢の母を面倒を見るためだったようです。

「山口さんにとってゴーイングマイホームは、ただの復帰作ではなかったんです。彼女には複雑な関係を続けてきた3人の母がいるんです。ドラマが始まる直前に彼女たちとの絆を再構築していたんです。そういう意味では、思い入れのある作品であり役柄だったんです」(芸能関係者)

山口と3人の母の物語は、栃木県内にある江戸時代から続く、老舗旅館から始まる。
夫と死別し女手ひとつで旅館を切りもしてきた祖母とその息子夫婦のもと、2人姉妹の長女として生まれた。
両親は祖母から跡を継ぎ、旅館で毎日多忙だった。
そのため、幼い山口の遊び相手は祖母だった。

「智子ちゃんの実家には母屋におばあちゃんが、同じ敷地内の別棟に両親が住んでいた。智子ちゃんはいつも母屋に遊びに行き、寝るときもここで寝ていたそうです。おばあちゃん子だったし、跡継ぎ候補なので大切に育てられたそうです」(山口家を知る知人)

そんな一家に異変が起きたのは、山口が小学校1年の時だった。
両親が離婚をしてしまったのだ。
「離婚の原因は父の女性問題でした。ハンサムでお金もあるし地元ではかなりもてたようです。母は旅館に嫁いで一生懸命働いていましたから、ご主人の裏切りが許せなかったのでしょう。ある日、智子ちゃんと妹を連れて飛び出したんです」(同上)

そして、山口の母は長野の実家へと帰った。
父は何度も母のもとを訪れ、頭を下げたが、母が旅館に戻ることはなかった。
父の祖母も何度も頭を下げたけどダメだったそうです。
そして両親の離婚後、山口は妹と一緒に母に引き取られた。
あれだけ好きだったおばあちゃんともう会うことができない・・・。
「おばあちゃんにまた会いたい」
そんな思いがまだ幼い山口に大きな決断をさせた。

母の元を飛び出して、電車で2時間以上も離れた祖母の家へと駆け込んだのだ。
「おばあちゃんは智子ちゃんが戻ってきてくれて、それはもう涙が出るほど嬉しかったそうです。でも黙って引き取るわけにはいかないので、母の元へと連れて帰ったんですが、その時智子ちゃんは泣きながら、おばあちゃんがいいと言ってしがみついたそうです」(同上)

まだ幼い山口にしてみれば、両親の離婚は、心の整理も理解もできなかっただろう。そして山口の様子を受け、祖母と母は話し合うことになる。そして最終的に山口だけは、父が引き取ることになり、妹と母とは絶縁状態になる。山口が20歳になった時、山口の希望で祖母の養子となり、戸籍上も祖母が母となった。大学在学中にモデルのアルバイトを始めたことをきっかけに女優を志すようになった。そして、祖母の反対を押し切って芸能界入りをしたのだ。

山口は女優になった時のインタビューでこう振り返っている。
「仕事を始めたのは、家に帰りたくなかったから。私は旅館を継ぎたくない。性格的に客商売には向いていないし、それに小さい頃に祖母や母がすごい苦労した姿を見て育ったから」
現在、この旅館は父の死をきっかけに2005年に廃業。

山口は1988年にNHK大河ドラマ連続ドラマ小説でヒロインになり一気にブレイクする。
「山口さんの母(生みの母)は、離れ離れに暮らすようになってから一度も智子ちゃんに会いに行ったことはなかったんです。自分から家を出て行って、話合いで娘を手放すことを決めたわけですから、それがルールと思っていたのかも知れません。でも毎年、必ずおばあちゃんにお中元やお歳暮、年賀状を送っては智子ちゃんが元気でいるか心配する一筆を添えていたようです」(芸能関係者)

そして、テレビで活躍する娘を見て、母はNHKに山口を訪れた。
6歳の時以来、実に16年ぶりの再会だった。
だが、何も話さず母の前を通り過ぎた。
そして母の方も話かけることができなかった。

1995年に山口は唐沢と結婚する。
そしてそれからしばらくすると、父が再婚し、継母が旅館の女将として働くようになり、祖母の跡を継いだ。
この継母こそが山口にとって3人目の母だった。
継母が実家を切り盛りしてくれることで跡継ぎ問題が解消し安心をする。
そして、山口は実母、養母、継母の3人の母と過疎になっていった。

そして再び転機が訪れるのは1995年父の他界だった。
「せがれが亡くなって、山口の母から娘(妹)にお線香をあげさせてくださいと電話がかかってきたんです。私はそれで、どうぞ来て下さいと言って、そこで智子と妹が再会したんです。それから妹が時々、智子のところへ遊びに行くようになったんですよ」
そしてこれがきっかけで母とも和解し、交流が始まった。

2007年には妹と都内にセレクトショップををp-ぷんさせる。
2008年には個人会社の代表取締役に母を就任させた。
そして母と妹が一緒に暮らせるように都内3LDKの家賃20万円の部屋を借り上げた。
順調に交流を深めていった山口だったが、今度は別のところで問題が起きた。

「山口さんの父が亡くなった後、継母が祖母の面倒を見る形で一緒に暮らしていたんですが、2年前にその継母が脳梗塞で倒れてしまったんです。それで継母は故郷に帰ってしまって、おばあちゃんは年齢の割に元気なので、ひとり暮らしでもよかったんですが、半年ほど前に骨折して入院してしまい、山口さんはおばあちゃんの介護のために栃木によく帰ってきていましたよ」(山口家を知る知人)
そして山口の女優復帰の撮影が始まった。
山口はこれから3人の母の面倒を見る最終章が始まったばかりだ。

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