板東英二は脱税事件で芸能界追放も現在は復帰!妻や事務所は

元プロ野球選手でタレントの板東英二は、1958年の夏の甲子園に徳島商のエースとして出場。1959年に中日ドラゴンズに入団。1969年の引退まで通算成績は77勝65敗、防御率2・89。引退後はタレントとして活躍。1999年10月からのCBC情報番組「そこが知りたい特捜!板東リサーチ」などが人気に。2012年12月に個人事務所が名古屋国税局から約7500万円の申告漏れを指摘され芸能活動を休止していた。

板東英二

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板東英二の波乱万丈人生!借金は最高17億円

悪質な所得隠し7500万(追徴課税を払い解決済み)で2013年1月、板東英二が出演していた番組の放送が取りやめになり、芸能界から干される可能性がでてきました。せっかく借金も返済し、ようやく順調な人生を歩んでいただけに、これをきっかけにまた苦労するかも知れません。

「税金をしっかりと納め、国を支えている気分です」
彼は、確定申告時にそういう話しをしていたこともある。
1988年に起用されて以来、23年間、期限内に確定申告を済ませるよう、国税庁のPR活動もしてきた。

2007年には初日申告連続20年をたたえられ、名古屋国税局から感謝状を贈られたほどだ。
しかし、そんな板東だったが、平然と裏切ってしまった。
2005年からの7年間で7500万円の申告漏れを指摘されていたことがわかったのは、2012年12月27日のことだった。

所得隠しは悪質だった。
イベント会社にテレビ番組の企画制作や商品開発を外注したように装ったり、倒産した自動車販売会社に貸した金が回収できなくなったように見せかけるなどの手口で所得を隠していた。
架空外注は12年も前から板東の指示で行われていたという証言もある。

板東の人生は波乱万丈だった。
日中戦争のさなか、1940年4月、満州で生まれた。
戦争末期に命からがら引き揚げ、父の故郷である徳島へ。
小さなアパートで暮らし始めたが、その生活はとても乏しいものだった

1958年に徳島商業のエースとして甲子園に出場し大活躍し、契約金2000万円の当時最高額で中日ドラゴンズに入団した。
しかし、二度と貧乏に戻りたくないという強い思いは、彼を本業とは別の道に向かわせてしまう。
「入団直後の19歳だった彼は、契約金の一部を使って、芦屋の老夫婦が経営していた牛乳販売店を270万で買収したんです。当時、彼は化け物がたくさんいるプロ野球のなかで、自分が活躍していけるはずがないと本業以外でしっかりした収入を確保できる仕事を見つけなければ、すぐに金に困る生活になると口癖のように言っていたそうです」(プロ野球関係者)

その後も、1年目のシーズンオフにはシューズボックスの販売を始め副業に精を出した。
「26歳の時に大阪にレジャービルを購入して、ビル内でサウナやナイトクラブや割烹店などを次々に始めた。しかしこれらは全て失敗。チームの後輩たちに借金することもザラでした。それでも彼は儲ける話はないか?と常に儲け話を探していましたね」(同上)

1969年に、右肘の故障のため板東は29歳の若さでプロ野球選手を引退。
その後は、タレント、解説者、ラジオなどで活躍してきた。
プロ野球引退後の彼は順調だったのだが、それでも彼は儲け話を求め続けた。
そして大きな火傷をしてしまう。

「板東さんが最も力を入れていたのは株投資で、値上がりすると思えば、どんな株でも買っていました。でも1990年代に入るとバブルが崩壊し、株価は暴露。株は紙切れ同然になり、借金は17億円まで膨らみました。その後は俳優業や執筆活動などで着実に稼いで10年かけて返済したようです。この時に家族に辛い思いをさせて堅実が一番ということを学んだそうです」
(同上)
その後、板東が手にせめてしまったのが脱税だった。

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脱税で失踪騒動から1ヶ月、高級寿司店にいた

7年間で7500万円もの所得を隠しが発覚した板東英二。追徴課税を約2800円ほど納めてこの件は終わりました。しかし、板東英二主導で行われた悪質な所得隠しだったため、テレビ局からは総スカン状態。7本あったレギュラーは全て失ってしまったようです。

この間、世界不思議発見などレギュラー7本で次々と出演が見合わせが発表されてからテレビで板東の姿を見ることはなくなった。

さらに名古屋市内の自宅のポストには郵便物がいっぱいで帰宅した形跡がない。
大阪に所有するマンションにもいない。
そんなことから、失踪したのではと噂が飛び出していたのだが、東京・赤坂で発見した。

2013年1月下旬の週末の夜、板東は女性連れである寿司店を訪れていた。
平均単価2万円という超高級寿司店だ。
キムタクも共演者を連れてしばしば訪れるという有名店でもある。

「午後9時を過ぎたところでした。いやぁ食った食った、もうお腹パンパンやわ!って個室から出て来ました。板東さんは顔を赤らめだいぶお酒も入っているようでしたよ」(居合わせた客)

この日の板東は、レギュラー降板が相次いでいる身とは思えないほど上機嫌だった。
「会計を待っている間も、最近ワシ、ゴルフに行けてないねん。そろそろ行かなと店主と雑談していましたよ」(同上)

さらに会計の最後には、「領収書ちょうだいね」と言っていた。
ちなみに妻のA子さんは、脱税が発覚した板東の個人事務所の取締役だ。
この食事は打ち合わせとして処理するのだろうか?

そして店を出てきて板東を直撃した。
「なんやこら!なんや!」と怒鳴り、慌てて店の中に逃げ込んでしまったが、その手には領収書はしっかり握りしめられていた。
店に戻った板東は、「記者や!記者がおった!なんやねん、ほんまにもう!」と剣幕でまくしたてている声が外まで聞こえいた。
しばらくして、A子さんを先に帰し、本人も裏口から逃げるように帰っていった。

2013年2月、板東が出演していた各メディアは対応に追われており、プロ野球解説者として起用している毎日放送は、「脱税に本人の関与があったのか、まず自身で説明していただきたい」と社長がコメントし、起用は白紙に。
おはよう朝日ですのレギュラーでもある朝日放送でも社長が、「今後については、ご本人が会見されるかどうかそれ次第だ」としている。
板東に責任説明を求める声が次々に上がっている。

しかし、板東にはそんな声は届いていないのだろうか?
彼は誰よりも貧しさを知っているはずだ。
満州に生まれ、5歳の時に終戦。
命からがら日本へ引き揚げるも、着る物も食べるものもなく、飢えをしのぐために鶏の卵を盗み出すこともした。
「ぼくにとって白い米と卵が食べられる生活こそが贅沢の象徴です」とかつては語っていたのだが・・・。
板東はこのままで終わるのか?

板東英二

脱税事件で芸能界を干され何をしている?美人マネージャーは

脱税事件から姿を見せなくなっていた板東ですが、2013年9月の姿が報じられました。

2012年末に、7500万円の申告漏れを指摘された板東。さらに修正申告し、2800万円の追徴課税を納めたが、架空発注で所得を隠す悪質な行為の代償は大きすぎた。

この件で、レギュラー番組を全て失った。公の場からも姿を消した。しかし、そんな板東が8ヶ月ぶりに復帰するという。

徳島県鳴門市で毎年行われている阿波踊りがある。2013年8月9から11日の3日間行われる。10日に板東が出演するそうだ。なぜ、板東を起用したのだろうか?

祭りを主催する鳴門市の観光賑興課が説明する。
「鳴門市内の旧板東町は板東英二さんが幼少時代を過ごした町なのです。鳴門市としては地元出身の唯一の有名人である板東さんに観光大使になっていただこうということになり、2012年の8月にお願いをしました。板東さんも応じてくださいました」
2013年10月からは、鳴門市をPRするため、「板東、感動」のコピーでポスターや観光ガイドブックも作成しているそうだ。

板東への仕事の依頼は、脱税発覚前だったとのこと。
脱税発覚後に事務所に事実確認をしたら、
「修正申告もしていますし大丈夫ですって説明だったので、引き続きお願いをしていこうということになりました」

ただ、地元では、あまりよく思ってない人もいるようだ。
「地元住民に、坂東さんが祭りに来ますねと話かけると、・・・知らないとテンションは低い」

このままでは、今後の芸能界本格復帰は難しい。
「板東さんは、芸能の仕事を再開したいと大手プロダクションなどに持ちかけているようですが、脱税問題について釈明しないと始まらない。でも、実質的経営者の板東さんが主導的立場にあったとみられており、説明は難しいのではないでしょうか」

脱税が発覚する前までは、第四次板東ブームといって各局をはしごする忙しさだった。
板東の自宅を訪ね取材をしてみると、夫人らしき女性が対応をしたが、復帰について質問すると、「何もお話できません」とだけ言った。
復帰ではなく、このまま見納めになってしまうのではないか? 

板東英二

板東英二が芸能界を追放され引退か?

所得隠しが発覚してから、レギュラー番組全てが降板になりました。事の重さを理解したのか、謝罪会見をしたいとテレビ局に訴えても拒否されていたと2013年9月に報じられました。

「次男逮捕を受け、みのもんたさんがすぐに報道陣に応じたことに刺激を受けたのか、突然、自分も会見を開きたいと飯田市、水面下で働きかけたようです」(芸能関係者)

7500万円の所得隠しがばれて、板東英二は、2013年1月以降、9本のレギュラー番組を次々に降板した。
3月以来、テレビ番組から消えている板東だが、芸能界復帰を画策していたようだ。

2013年9月、板東の状況をスポーツ紙記者が話す。
「投資などにも手を染めていた板東さんは、2008年のリーマンショックで損をして以来、仕事は質より量を公言し、精力的に活動をしていましたが、自身のブログも腰痛で病院に行くという2012年末の更新で最後。2013年の春以降はぱったりと連絡が取れなくなり、一時、失踪したのではと噂されたほそです。」

調べてみると、板東の個人事務所・オフィスメイ・ワークは、2013年7月に解散と清算の手続きがされていた。
それ以降、彼は個人事務所での営業活動ができなくなっていた。

「彼は自分のマネジメントをしてくれそうなプロダクションと接触を重ね、この10月にもテレビ番組に復帰したいと相談しているそうです。しかし、復帰は難航しています」(同上)

板東を起用することにテレビ局側が難色を示す理由を記者が話す。
「彼はすでに津超課税で2800万円を納めています。しかし、摘発された所得隠しは、15年もの長期に渡って彼が個人で使った費用を経費として計上したり、架空発注という悪質なもの。発覚直後、板東さんをレギュラーで起用していた各局は、視聴者への説明をお願いしたいと申し入れましたが、対応をしませんでした。その影響で、テレビ局側の印象は悪くなってしまったんです」

そんな板東がここへきて、騒動の経緯を説明する会見を開きたいとテレビ局に持ちかけているそうだ。
しかし、実際に会見をすると、報道陣の質問は申告漏れだけにとどまらず、財テク指南をしていたという芸能界における板東の交友関係にも及ぶため、どの局も許可ということにならなかったそうです。
板東としては、みのもんたが騒がせているうちに会見を開いて復帰を考えていたようですが、失敗に終わったようです。

その後、2013年11月にインターネットテレビ番組「めちゃ×2ユルんでるッ!」へゲスト出演し、芸能活動を事実上再開。現在は、ラジオ番組MBS「板東英二のおばあちゃんと話そう」、ニッポン放送「板東英二のプロ野球バンバン伝説」などにレギュラー出演しています。

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