花田虎上の再婚した嫁は!元妻・花田美恵子は子供とハワイへ

元横綱・若乃花でタレントの花田虎上(まさる)は、1994年6月に日本航空客室乗務員だった元妻・美恵子夫人と結婚。その後4人の子供をもうけるも、2007年10月に離婚。2008年12月に9歳年下の元保育士の倉実夫人と再婚。2011年4月からタレント名を花田勝から花田虎上に改名しています。

花田虎上

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花田勝の結婚相手はどんな人

2008年12月上旬のことだった、都内のマンションの駐車場に花田勝氏が現れた。
グレーのジャンパーをはおり、帽子を深くかぶっている

少し遅れて、彼の車の助手席に乗り込む若い女性がいた。
年齢は20代半ばだろうか、勝氏と同じような紺のキャップを目深にかぶり、パーカーにスパッツ、デニムのミニスカートとご近所カジュアルなファッション。
元妻・美恵子さんに似た雰囲気のあるスレンダー美女だった。
勝氏の離婚は2007年の10月だった。
4人の子供は美恵子さんのもとで暮らしていた。
勝さんが支払う月々の養育費は300万円とも言われていた。
テレビ局関係者はこう語る
「1年ぐらい交際している彼女がいるという話を聞いたことがあるので、彼に結婚は?とたずねたことがあります。子供達が大きくならないと無理ですよと苦笑いしていましたが・・・」
勝氏が共同経営する「Chanko Dining若」は、全国展開が当たり、2007年の年商は16億円。
「役員報酬などは年収は約二億円ぐらいではないでしょうか。タレント業も継続中で、東京と大阪を往復する生活をおくっている。」(仕事関係者)

相撲界を去った後も華々しく活動を続けるお兄ちゃんの自宅の部屋は都心のタワーマンション高層階にあった。
「入居して1年くらいになるんじゃないでしょうか。このマンションはジムやフロントサービスなど施設が充実しているうえ、勝さんが住んでいる部屋には高層階専用のエレベーターもあり、他の住民とは会わずに駐車場に出ることもできるんです」(マンションの住民)

同伴の女性の姿をみかけるようになったのは、この秋ごろからだという。
「お兄ちゃんはエレベーターで会うと、いつも笑顔で挨拶してくれます。その後ろにかわいい女性もいましたね。一緒にくらしているのかしら」(別の住民)

「勝さんは離婚後も4人の子供の運動会など子供の行事などには、恵美子さんと一緒に積極的に参加しています。離婚直後は、行事の後に美恵子さんと子供たちの家に立ち寄ることもあったようですが、さすがに離婚から1年経って不自然になってきたようですね。それでも定期的に子どもたちとはあっていて、中一の長男から、ラグビー部で活躍している話を聞いて目を細めていました」
お兄ちゃんは、事業もプライベートも絶好調のようだ。

花田美恵子

花田美恵子が元夫の花田勝と決別

「子供達はやっぱり寂しい思いで、学校とお別れしているので、私もハワイへ行っても、引き続き頑張らなきゃいけないなと思います」
そう自信の決意を告白したのは、花田勝の前妻・花田美恵子さん。
この日は長女の小学校の卒業式。
これが日本で最後の学校行事となった。
「少しずつハワイに行く準備はしています。ただまだいつ行くかは全然決まっていないんです」

そう話すように、美恵子さんの3億円ともいわれる自宅前には、大きなゴミ袋が。
着々と引っ越しの準備は進んでいるようだ。
とはいえ、次女と三女はまだまだ小学生。急な環境の変化に適応できるのか、聞いてるこっちが不安になってしまうが・・・・。

そう考えたのは、前夫・勝も同じ。
「関西の情報番組に出演した際に、ハワイ移住に猛反対していると明かしたんです。」(テレビ局関係者)
番組中では、「僕らの人生よりも、子供達の人生を考えてくれと伝えて、考えて連絡してほしいと話したけど、いっこうに来ない」と苦しい胸の内を吐露した。
勝と美恵子さんが、正式に離婚したのが2007年10月。
だが、離婚後も、連絡は取り合ったり、勝も子供の学校の行事には必ず顔を出してきたのだが。
「勝さん、長女の卒業式には出席しなかったんです。やはり、ハワイ行きを勝手に決められたのが、かなり嫌なんでしょう。これは無言の抗議といえるかもしれませんね」(芸能プロ関係者)

白いスーツを着て、傘を差しながら、ひとりで卒業式に参加する姿には、これから異国の地でシングルマザーとして生きる道を選んだという決意が表れていた。
「まだ、仕事も何をするか決めてないけど、向こうの生活のペースが落ち着いたら、いろいろ考えていこうと思います。家はしばらくの間はこのままにしておきますよ」
三女の義務教育が終わったら日本に戻ってくるという美恵子さん。その時のために、売却などはしないようだ。

「今日も、子供とは連絡をとってたみたいで、近くに来て会ったそうです。私は連絡をとっていないので知りません。もう関係ないですから!」
突き放すような口調で、前夫を関係ないと切り捨てた美恵子さん。
40歳となった彼女の人生は、彼女自身が切り開く。

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花田勝のハワイで挙式の一部始終

2009年7月17日、結婚式を終えて教会から出てきたのは、元若乃花・花田勝氏と新婦の倉実さんだ。
「周囲に囲まれて、倉実さんとのキスの撮影をさせていましたね。キスの後、倉実さんからほっぺたに付いた口紅を拭いてもらうと、子供のように照れ笑いしていたのが印象的でした」(参列者)
挙式の場となったのは、ハワイ・オアフ島にあるセントラルユニオン教会。
かつては、八代亜紀や中西圭三も式をあげた芸能人には人気の場所だ。

勝氏が元保育士の倉実さんと再婚したのは、2008年の12月の頃。
交際10ヵ月でのゴールインだった。
それから7ヵ月後、勝氏はハワイでささやかに再出発したのだ。
だが、ハワイは勝氏にとっては因縁の場所でもあった。
勝氏が5年の別居生活を経て13年連れ添った前妻の美恵子さんと離婚したのは2007年10月。
4人の子供達の親権は美恵子さんが持ち、ある理由で子供をハワイに連れて移住したのだ。

「日本では、勝氏は月1回ほど子供達とあっていたんですが、子供が倉実さんになつくようになり美恵子さんは我慢できなくなったようです」(芸能プロ関係者)
2009年7月、美恵子さんは沿岸部のハワイカイ地区で暮らしていた。
この日、勝氏が挙式をあげた場所から車でおよそ30分ぐらいの距離だ。

勝氏はなぜハワイで挙式をあげたのだろうか?その理由を尋ねた。
「新婦の親族がハワイに住んでいて、式を含めたコーディネートしていただいたことが最大の理由です。また新婦の妊娠が判明し、彼女の体調も考慮したうえで、この時期に式を行いました。4人の子供達とは、今回の滞在中は、学校の授業などで会うことはかないませんでした」(勝氏の所属事務所)
式に続きおめでたが発覚した勝氏、しかし、かねてから一番大事と公言するほど子供と会えずじまいだった。
さわやかな笑顔のウラには、前妻と複雑な執行があるのかも知れない。

花田虎上

花田美恵子が元夫・花田勝から学費分の養育費しかもらえず

数年前まで取締役を務めていたChanko Dining若が2010年5月に経営破綻し、花田勝氏のお財布事情は寒いかと思いきや、今回の破綻の件ではまったく被害を受けていないようです。
一方の元妻の美恵子氏は、カリスマ主婦とも騒がれた時期がありましたが、不倫騒動からか?テレビなどの仕事も減り、いまはハワイで子育てするので精一杯の生活のようです。
一時は養育費を月に300万円ほど貰っていると報じられましたが、いまは学費分しか勝氏からはもらえていないようです。

「今回の件は日本のテレビニュースを見た知人から聞いて知りました。子供もこちらの学校に通い始めたところですし、今後の生活を考えると・・・」
2007年10月に花田勝氏と離婚し、4人の子供とハワイで暮らしている恵美子さんは、そういって深いため息をついた。

「オープン当初は客が殺到し、予約が取れないほど大ブレイクしました。その後、地方にも進出したんですが、夏場はどうしても客足が遠のきます。店ではコラーゲン料理を考案したり、パッケージに若の顔写真を入れたうどんを大手食品会社と共同開発したりして話題には事欠かせなかったんですけどね。最終的には資金繰りがうまくいかずに、昨年は従業員から給料未払いで訴えられたりもしました」(飲食店関係者) 

知名度だけは圧倒的優位でも、それだけではうまくいかないことが今回改めて証明された。
実際これまでも、大場久美子、岸部四郎、林葉直子らが事業の失敗で自己破産に追い込まれている。
最近では爆発的ブームになった花畑キャラメル、田中義剛も、派遣社員を300人ほど切るなどブームの終焉を迎えピンチになりつつある。
また、関西でも小倉優子やたむらけんじの焼肉店があるが、こちらもオープン当初の賑わいまでいっていない。 

しかし、勝氏はChanko Dining若の危機を一番先に察知したのだろうか?
2008年11月に、保有する株をすべて売却し、同社の会長職を退任していたのだ。
「売上がピークを迎え、業績が悪化し始めた直後のことですから、自身はほどんど損をしなかったはずです。売却によって数億円を手にしたともいわれています。その後も名前貸しやプロデュース料としてロイヤリティーをもらっていたようです」(飲食店プロデューサー)

退任後はワイドショーのコメンテーターとして出演していたが、2009年春に番組が終了。
2010年、単発でスポーツ番組に出演する際などにしか姿をみなくなった。
「最近ではテレビの仕事はほとんどないようで、本人もあせっていたようです。半年くらい前から上沼恵美子、やしきたかじんさんなど経由で大阪の各テレビ局関係者に、何か仕事があればよろしく頼みますという連絡があるようなんです。でもテレビ業界も不景気ですので彼のレギュラーは難しいでしょうね」(某テレビ局関係者)

仕事は先行き不透明だが、現在は千葉県のとある海岸沿いに7000万円で購入した家と、高級車が2台ある。
「これまで乗り換えた車は30台以上」
この家では2008年12月に再婚した元保育士の女性と、2010年1月に生まれた娘とともに暮らしていた。

金銭的にも苦労してると思われがちだがこんな声もある。
「とても腰が低くて、挨拶や言葉使いも丁寧だし、ご近所づきあいもとてもよいかたですよ。でもやっぱり私達とは食べるものが違うみたい。野菜か何かのお裾分けの御礼に1斤1000円もするような食パンを頂いたことがありました」
自身が立ち上げた会社が倒産する一方で勝氏はまだまだ余裕だということなのか?

しかし、元妻・恵美子さんは複雑な思いを隠しきれない。
「養育費は300万円と報じられましたが、そんな金額なんてもらったことありません。子供の学費分ぐらいしか頂いていませんから。毎日の暮らしで精一杯です。養育費も子供が20才になるまでの約束ですが、あちらにも新しい家族がいるということもあるのでしょうし、今回の倒産のようなニュースを聞くと、不安を感じない日はありません。私もがんばらなければいけないんですから、いま新しい仕事をスタートしたばかりなんです。過去にとらわれていては何事も進みませんから、これまでと変わらず子供4人と力を合わせて生きていこうと思っています」
どちらとも、金銭的に苦しいようです。
養育費の支払いがとまったら暴露本がでるかも?

花田美恵子

花田虎上がちゃんこ店を巡り2億円を返せと訴えられた

2002年にドリームアークを設立し、2007年にはChanko Dining若の売り上げが7月期だけで16億円を計上し大儲けしていましたが、2008年に数億円で経営権も売却していた花田虎上。しかし、2010年にドリームアークは4億7000万円もの負債を抱えて破産。そして2012年7月、花田はドリームアークの破産管財人から2億円を返せと訴えられていたそうです。

千葉県の海沿いにある推定7000万円とも言われているこの豪邸は、花田虎上と2008年12月に再婚した元保育士・倉実さんと2歳になる娘と一緒に暮らしている。
前妻だった花田美恵子さんに振り込む約束だった養育費がおくれていた。
しかし、花田氏は他にも金のトラブルを抱えていたのだ。

「実は2億円を返せと訴えられているんです。裁判になって1年以上になりますが、まだ決着はついていません」(飲食店関係者)
訴えを起こしたのは、2002年花田氏が設立したChanko Dining若を運営していたドリームアークの破産管財人。
ドリームアークは2010年5月に4億4700万円の負債を抱えて破産しているのだが、直後の同年12月、花田氏は訴えられていた。

2008年1月、ドリームアークは、花田氏に対して2億円を貸し付けた。
そのお金で花田氏は同社及びグループ会社の株を購入。
同年11月、保有していた株を3億円で売却し、(実際に支払いを受けたのは2億2292万円)会長職を退任。
当時、ドリームアークは経営状態が悪化していく一方で、そのなかで行われたこの転売による譲渡代金の取得は、債権者らに許し難い行為。
そのため、2億円を返せと訴えられていた。

会社法問題に詳しい弁護士は、
「債権者への支払いに充てるために、回収可能なお金を回収すべく破産管財人が起こした裁判になります。回収されたお金は債権者に負債金額に応じて分配することになります。しかし、今回は希なケース。破産当時ではなく、それ以前の役員に対しての責任追及をするというケースは多くありません」

Chanko Dining若は、予約が取れないほどの人気店となり。
全国24店舗を展開していた。
訴えによれば、花田氏の収入は月に1500万円ほどもあったが、業績悪化で250万円ほどに減額。
また店では従業員への賃金不払いなどが発覚し裁判で訴えられて支払い命令が出ていた。

この2億円などについては花田氏はこう反論している。
収入減少で経営意欲を失い、株を売却したことは否認。
2億円については、役員退職慰労金と相殺するといわれた。
ドリームアークが破産した時、銀行から借り入れた金の連帯保証人だったことから、すでに7000万円を支払っている。
さらなる金銭的負担ができるような経済状況にない。

花田氏の妻・倉実さんは、
「これは本当に人の価値観でいくらあるから裕福だとか、この金額だからつらいとか、そうとは言えないと思うんです。ただまぁ自分達は目の前にある仕事をがんばっているという形です」
公判は2012年7月上旬に11回目の口頭弁論が行われた。
花田氏は現在はどんな収入があって生活をしているんでしょうか?
このままではまた養育費の支払いが遅れるかも?

花田虎上

花田美恵子のタレント復帰は経済難が理由だった

元妻、花田美恵子は養育費の未払い騒動から2013年にタレント復帰。どうやら経済難と本人は言っているのですが、ハワイの家はかなり庭も広く豪華な家。リッチな生活を維持するためのタレント復帰?

「生活のベースはハワイで、仕事のある時だけ日本に来ています。2年前に事務所の社長を紹介されたのですが、子供達のこともあったので、もうちょっと待って下さいとお話ししていたんです。プロダクションのお世話になるのは今回が初めてです」と花田美恵子は話し始めた。

独身時代はJALの客室乗務員。結婚後は力士の妻と4人の子の母親として専業主婦をしてきた。離婚後は2009年にハワイに移住。そして2012年秋にママタレとして活動を始めた。

これまで雑誌などでモデルとしても活動してきた彼女は現在も変わらぬスタイルで綺麗だ。4人を産んだと思えないほどである。

ハワイへ移住したのは離婚から2年後だった。
「知り合いも居ませんでしたが、向こうに実家の家族と共同で購入した家があったのでそれを頼りに行きました。母は離婚する前の2005年に亡くなったので、私たちがハワイに行ったことを知りません。ハワイの家を買うとき一番勧めてくれたのが母でした。移住の決心は家があったことが大きかったです」

移住に一番反対をしたのは、元夫である花田勝(改名し花田虎上)。
「離婚の条件として月に1度子供達と会うことになっていました。ハワイに行けば、なかなか会えませんし、海外生活も心配だったようです」
二女は、2012年の夏から一人で日本に戻ったそうです。
理由は日本の学校がいいということで。

当初、養育費は月に300万円という報道もあったが否定する。
「300万なんて話はとんでもなく、一人10万くらいはなんとかという状況です。私たちがハワイへ行く頃、彼の事業がうまくいっていないということで、養育費の減額がありました。今では当初の約束よりかなり減っています。でもハワイは私の強い意志でもあったので、提示した金額で生活をしています。子供の送り迎えがあるので家で現地のフリーペーパーの原稿を書くくらいしかできないのが現実でした。でもそれだけでは生活は成り立ちません。だから生活は質素。セレブと言われていましたが違和感があります」
いまは、離婚の時に貰った慰謝料を切り崩しながら生活しているとのこと。
経済事情のためタレント活動を復帰したそうです。

「でも今はとても幸せです。前夫に会いたいとか復縁したいという気持ちはないし、我慢するより離婚をしてよかったと思います」
最後に再婚について聞くと、
「ご縁があればと思います。夏休みに子供達が帰国している時、頼れる男性がいればいいなと思うこともありますし」
と答えたそうです。

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