加護亜依の両親の離婚問題から喫煙に走り謹慎処分を受けた苦悩

元モーニング娘。のメンバーでタレント加護亜依は2000年4月にオーディションで2万5000人の中から第4期メンバーとして加入。メンバーの辻希美、矢口真里とのユニット「ミニモニ」などに参加。2004年8月に卒業。2006年に都内のレストランで喫煙していたところを週刊誌にスクープされ、未成年者喫煙禁止法に触れ謹慎処分に。2007年には事務所と契約解除となり事実上の芸能活動休止にお追い込まれることに。

加護亜依

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加護亜依が苦悩の全てを語る

2008年に新聞・雑誌・芸能記事で謹慎時の苦悩を度々告白していた加護亜依だった。

謹慎してた時は、家族じゅうがもうどうしたらいいかわからない状態でした。お母さんは、お父さんのことで凄く悩んでいたし、私のことでも悩んでいた。私自身もどうしていいのか全然わからなくて、家の中で毎日泣いてました。全ては自分のおかれた状況がわかってなかったので反省の日々でした。

やっぱり兄弟にしてみれば、私のことをかっこいいお姉ちゃんとして見ていたと思うんです。だからどうしてお姉ちゃんがニュースに出てるの?とかどうして仕事に行かないの?とか言われた時に答えられなくて、かっこ悪いお姉ちゃんになってしまったなぁと思いました。そもそも私が喫煙に走ってしまった理由のひとつに両親の離婚問題があったんです。

加護亜依

私が初めてその話を聞いた時は17歳の時。お母さんは、亜依は忙しいだろうから仕事頑張ってねということで、それまで詳しいことは教えてもらってなかったんです。でも私は仕事をしていてもどこかで気になってたし、それで仕事にも集中出来ませんでした。

父親は加護の実父ではなかった。実父は加護が1歳の頃に離婚。それ以来、加護は実父の写真さえみたことがないという。
いつかは会ってみたいという気持ちはあります。でも私が会ってお父さんとお母さんが再婚するわけじゃないし、お母さんも連絡は取ってないようでしたし、私もお母さんに会いたいとも会いたくないとも言わないままでした。

兄弟の中で私だけ血が繋がっていないにもかかわらず、私を一番に思ってくれたんです。何かあったら亜依!という感じでした。それが、お父さんも頑張って運送業をしていたんですけど、段々うまくいなくなって・・・。膨大な借金までしてしまっていて、凄くショックでした。食べたい物も食べられなくなりました。

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離婚しちゃったら、私の下に3人いるからお母さんが大変だなぁと思ったんです。そうしたら私がもっと頑張って稼いで、みんなを東京に連れてこなきゃと思ったり。それが段々自分の中で重くなってきて、もう嫌だ!ってなっちゃったんです。他のメンバーが家族と一緒に住んでいたり、仲がいい話を聞いたりすると、余計に自分を悲劇のヒロインに追い込んじゃったんですよね。でタバコに走ってしまって・・・。

悪い時って何をやっても悪い方へ転がるんですよね。ワーッともがけばもがくほど上がれなくて、じっと堪えるのが大変でした。誰もいない時にしちゃったので、手首から血がダラダラ出てきて、その時はワーッとなって自分で手当したんですが、本当に死のうなんて思ってなかったと思う。きっと誰かに助けてほしかったのかな。

彼女が手首をはさみで切ったのは、1度や2度じゃない。そんな失意の彼女を精神的に支えたのが温泉旅行に行った年上の彼である。でも恋愛じゃないんですよ。友達というと変だけど、友達以上恋人未満かな(笑)。

私はどん底も経験しましたけど、最高の経験もしました。だからあきらめないでそれを肥やしにして何かひとつでも人にやる気を出させるようなメッセージを送っていきたいです。数年間の間に天国と地獄を、しかも10代で体験した加護の言葉はあまりにも重い。辛い過去を封印するためにと、それらは加護亜依LIVE~未成年白書~に綴られている。

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