矢部浩之が青木裕子を嫁に選んだ理由は!兄や子供に元カノは

お笑いタレントの矢部浩之は1990年に高校先輩だった岡村隆史と「ナインティナイン」を結成。1992年にABCお笑い新人グランプリで最優秀新人賞を受賞。2007年5月に約15年交際していた「ひとみちゃん」と破局。2013年3月に元TBSアナウンサーの青木裕子と結婚。子供は2014年3月に長男、2016年1月に次男が誕生しています。

矢部浩之

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兄が芸能プロダクション社長を失業

グラドル事務所の社長をしていた矢部の兄・美幸氏が2009年に体調不良を理由に会社を辞めていたという。そこで手を差し伸べしたのが、元彼女を自身の個人事務所の取締役にしていた矢部浩之。兄弟ならではの深い絆があったようです。

クールでいい話をイメージしづらいナインティナイン矢部浩之にとびきりの人助けスクープが飛び出した。
兄っちなどで呼ばれ、めちゃいけでなどの番組にも出演していた矢部の2歳年上の兄・美幸(よしゆき)さん。彼は芸能事務所の社長としてグラビアアイドル・山崎真実を育てたことで知られる。
しかし、その事務所がいつの間にか代表取締役から取締役に、そして2009年に退職してしまった。 

「事務所とのトラブルが原因ではとか、芸能人デビューかなんて噂も囁かれてましたね」(ワイドショースタッフ)
元々彼は、弟と同じく吉本の門を叩き、お笑い芸人をしていた過去もあった。
上京したものの鳴かず飛ばずで失意のうちに帰郷。
知人の勧誘で芸能プロ社長になったのはその後のことだった。
2005年、週刊誌が社長時代の美幸さんをインタビューしたが。
「実家に帰った後、ショックのあまり引きこもっていた時期があった。当時は弟がどんどん売れていく現実が受け入れられなかった」
と語ったものの、第2の人生、芸能プロ社長も退き、失業状態に追い込まれた兄に弟が差し伸べした手は・・・。

「美幸さんを自分の個人会社の役員に迎えたそうです」(お笑い芸人マネージャー)
たしかに美幸さんは、浩之さんが設立していた個人会社の取締役に2010年3月16日に就任している。
「矢部の所属は吉本興業ですが、売れっ子の芸能人はお金の管理などのために、よく個人会社を設立しています。松本人志やロンブー淳もそうです」(スポーツ紙芸能記者)
兄に取材を試みたが、お答えが出来ないと断られてしまった。

事情を知るマネージャーに話しを聞くと。
「前の会社を辞めたのは体調不良が原因で、トラブルではないそうです。弟と話しあって、ほな、やればということで、個人会社の監視や掃除をしているとか。今は次に手掛けるビジネスの構想を練っているそうですよ。松本人志の兄みたいにタレントデビューはないそうです」

この個人事務所は、矢部の元彼女「ひとみちゃん」も就任していた。矢部はプロポーズしたが、ひとみに遅すぎると怒られ2007年5月、約15年の交際にピリオド。お笑いタレントの出川哲朗は「ひとみちゃん」と結婚するばっかりと当時、祝儀まで用意していた。結局、破局してから席が空いていたので兄をそこに入れたようですね。 

矢部浩之

矢部浩之が青木裕子と結婚を決意した理由

矢部浩之と青木裕子の熱愛が2010年8月に発覚した当時から結婚秒読みといわれ続けました。しかし、ふたりが結婚をしない理由は、当初は青木アナの仕事の関係ともいわれていましたが、矢部が結婚をしたくないだけだったという。そして、そんな矢部もついに結婚をすることを決意する出来事があったようです。

「結婚って、何かが変化するときかなと思うんですよ。だから僕は、大きな病気をして母性を求めるとかにならないと無理かも。もし発表があった時には、矢部が弱ったんだなと思っていただければ」
2012年、とあるインタビューで自身の結婚について語った矢部浩之。 

結婚のお相手は交際をしている青木裕子アナだ。
ふたりはいつも結婚間近といわれていたが、矢部はいつものらりくらりとかわすばかり。
「僕はね、結婚願望が完全に欠落しているんです。歴代の彼女にも申し訳ないんですけど」
こうきっぱり宣言するほど結婚への意識は薄かった。
しかし、そんな矢部に変化が起っていたのだ。 

「実は、2011年末に青木さんのお父さんが亡くなったんです。彼女はとてもショックを受けて、親しい人に、いまは結婚する気持ちになれない。1年くらいは喪に服したい、なんて話をしていたんです」(テレビ局関係者)
「矢部さんは彼女の身内に不幸が起こって、相当落ち込んでいるから支えてあげたい、なんて親しい知人に話しをしてたみたいです。いまは仕事が終わると遊びにいかずに、青木さんと一緒にいて支えているそうです。矢部さんも喪が明けたら、結婚をしようと決意したようですね」(芸人仲間)

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元TBSアナウンサー青木裕子を嫁として選んだ理由

矢部浩之が青木裕子と2013年3月ついに入籍をしました。ずっと独身だった矢部ですが、青木と真剣交際が報じられ、結婚秒読みと何度も報じられましたがなかなか結婚へ進展しませんでした。そんな矢部ですが、なぜ青木との結婚を決めたのでしょうか。

矢部が青木を選んだ理由が、矢部の兄・矢部美幸が執筆した自伝小説・矢部家に綴られていた。

まず当時の矢部家を振り返る。
「母屋は4畳半と六畳の二部屋。そこに布団を4枚敷いて、大人4人と子供2人が眠っていた。二段ベッドがやってきた。上の段に兄弟ふたり、下にじいちゃん、残りの3人は布団。小学校に上がる頃には上の段でふたりはきつくて、折り重なるように寝ていた」

さらに、学校の水着は兄弟で1枚しかなかったそうだ。
今年は運悪く、ふたりのクラスのプール授業が同じ曜日になってしまい、毎回ひろゆきが濡れた水着を兄の教室まで届けに来る。
兄弟とはいえ、人が脱いだばかりの水着をはくのは気分が悪いと綴られていた。
それだけ矢部家は貧乏だった。

極貧を嘆くのではなく、笑いに変えることで、矢部兄弟は明るく毎日過ごしていた。
そんな矢部にも憧れの女性がいた。
未掲載原稿を読むと、矢部が青木を選んだ1つ目の理由が理解できる。

「よく行く雑貨屋に、すらっとした綺麗なお姉さんがいた。そのお姉さんは土日の当番だったようで僕らふたりの憧れのお姉さんだ。ある日、雑貨屋にいくと外人がやってきた。ふたりでそわそわしていると外人はお姉さんに話しかけた。するとお姉さんは、ナイス トゥ ミーチューと流暢な英語をしゃべり始めた。その姿をみた兄弟は、お姉さんに憧れを持つようになる」
英語を話せるすらっとして綺麗なお姉さんは、まさに青木優子そのもの。
青木は慶応大学に進学し、ミス慶応にもなっている。
そして6カ国語を話せる才能もあるのだ。

青木裕子

2つ目の理由は、自らが持つ「とびきりの優しさ」だった。
青木は2011年に父を亡くしている。
2012年末にはTBSを退社。
2013年1月には区切りである30歳を迎えた。
矢部は青木の様々な事情を鑑みたのである。
2013年3月27日を選んだのは、これまで自分を育ててくれためちゃイケに合わせたそうです。

矢部の兄の自伝を読むと、弟の優しいエピソードがたくさん書かれている。
「公演の未完箱から鳴き声がした。覗いてみると3匹の子犬がいる。ひろゆきは真剣な顔で僕を見つめた。家につれて帰ろう!カレーのルー1人前をわざと薄めて5人前にするほど食事にも困っているのに・・・。」

「子犬なんて飼う余裕はない。諦めてその日は家に帰った。翌日、同じ道を歩いていると、まだ子犬の鳴き声がした。1匹だけ取り残されていたのだ。連れて帰ろうと意を決し、ひろゆきは子犬を抱きかかえ家に帰った。でも、やっぱりおじいちゃんの逆鱗に触れてしまった。食べられへん動物は連れてくるな!食べてええんやったらおいたる! じいちゃんの言うことは絶対だったが、この時ばかりは必死に懇願した。僕のご飯をあげるからと・・・。」

「しかし、じいちゃんは食べられへんものはアカンと怒る。ひろゆきはこう言った。僕、犬を取り替えてくる。よく意味が分からなかった。その晩の遅く、ひろゆきが、じいちゃん、替えてきたで!と鶏をかごの中に入れて帰ってきた。ひろゆきは一軒一軒訪ね歩き、犬を飼いたい家を探し、そこの鶏と交換したのだという。わざわざ隣町までいった弟を見て、なぜか大きく見えた」

憧れのお姉さんと矢部の優しさが結婚を決めた理由だったそうです。

矢部浩之

矢部浩之と青木裕子の新婚生活は

2013年3月に矢部浩之と青木裕子が結婚しました。2人は六本木ヒルズで新婚生活を送っていますが、一体どんな夫婦になっているのでしょうか?どうも矢部が青木の尻に敷かれるようです。これでは矢部がかわいそうと思いきや、矢部は幸せいっぱいのようです。

「矢部さんは青木さんに洗脳されています(笑)。奥さんの料理を、その辺のお店より旨いとべた褒め。周囲には、どれくらい家のことを手伝っている?と聞いています。芸人仲間は口を揃えて、矢部さんはすっかり変わってしまったと言っています・・・」(矢部の知人)

矢部は、結婚前はたびたび、火遊びぶりが報じられてきたのだが、現在はよき夫へと変貌を遂げたという。
「結婚する前の矢部さんは、テレビ収録が終わると、いつも後輩芸人を連れて飲みに繰り出していました。ところが結婚した途端、そんなことは皆無に・・・。仕事が終わると自宅に直帰するようになってしまったんです。後輩芸人たちは、矢部さんはオレらのことを忘れてしまったのかな・・・とがっかりしていました」(所属事務所関係者)

そんな周囲の声を聞いたのだろうか?
最近、矢部は後輩芸人を自宅に呼ぶようになったという。
「外で飲むと奥さんの機嫌を損ねるから自宅で飲むことにしたようです。青木さんも手料理を振る舞ってくれてて、いつもみんなで盛り上がっているようです」(同上)

新婚の自宅で連日のように飲み会をしていたら、逆に青木の機嫌を損ねてしまいそうなのだが・・・。
そこには別の目的もあったようだ。
「テレビ番組スタッフが、なぜ後輩芸人を自宅に連れて行くんですか?と聞いたら、矢部さんは嫁が喜ぶからと答えたそうです。実は奥さんの機嫌を取るために呼んでいたんですよ(笑)」

妻の機嫌取りに精を出す矢部は、率先して家事も手伝うようになっているという。
「最近では、自宅の便所掃除をするのが日課だそうです。前は立ってから尿をしていたけど、最近は座ってやるそうです。その方が汚れないと力説していました」(矢部の知人)

すっかり尻に敷かれている矢部でしが、2014年3月に長男が誕生。2015年7月に裕子夫人の第2子妊娠を公表。2016年1月には次男が誕生し、イクメンぶりが見られそうですね。

青木裕子

矢部浩之と青木裕子の披露宴のエピソード

2013年4月に披露宴を行った矢部浩之と青木裕子。しかし、矢部家と青木家からの出席したのは、矢部の兄ひとりだけだったという。ふたりの結婚は両家で祝福されていなかったのでしょうか?

大いに盛り上がった披露宴だったが、両家からの出席者は矢部の長男・美幸さんだけだった。青木家からは出席者ゼロ!その理由を追及した。

「裕子さんは長女で下に妹がふたりいますね。次女は結婚してますけど、三女はまだ大学生だったはずです。皆さん背が高くて美人3姉妹で有名でしたね」(近隣住民)
そんな美人3姉妹の青木家がテレビに姿を現さなかったのはある事情があった。
青木家の母を週刊誌が直撃。

記者:両家全員での顔合わせは済んでいますよね?
母:まだです。あちらのお母さんにはお会いしましたけど、お父さんは具合が悪く、外に出られないみたいで、まだ家族揃ってはないです。うちも沖縄に住んでいる娘(次女)に、子供ができたばかりで、あまり動けないんですよね。
こういう事情で青木家は参加できなかったそうだ。

そして、一部の週刊誌には、父親は生活保護を受けようとして、矢部がそれを止めるなどの家族問題があったので結婚が遅れたという記事が掲載された。
これは事実なのか、矢部家と交流の深い人物が話す。
「さすがにそれはないですわ。だって、今はお金がありますし、2012年、河本準一の母が生活保護を受給していたことでかなり批判された。その時、ワシは絶対に貰わへん!と言っていたし、実際そんな話聞いたことありません」

その矢部家から、兄だけしか参加しなかったのはなぜなのか?
兄に直撃をするとこんな理由が。
「司会が石原裕次郎さんで、美空ひばりさんが歌って、森光子さんがでんぐり返しするなら行くと、むちゃくちゃなこと言うてました。実は、工場でパートをしていて、時給1000円なんです。東京までいったら往復3万円はかかるし、宿泊を入れたらもっとする。それを考えたらパート休めるわけないやん」と断言してました。
貧乏が長い生活をしていただけあって、お金のありがたみを知っての行動だったようだ。
さらに、矢部には弟もいるそうですが、介護の仕事をしていて、宿直でさらに人手不足で休みがとれなかったそうです。
父は、上にも書かれているように、膝の状態がよくなく、東京まで行くのは無理な状態だったそうです。
矢部家と青木家が披露宴に参加できなかった理由は、こういう事情だったそうです。
しかし、健康問題は別として、披露宴はかなり前から決まっているはずですが、日程の調整はできなかったのでしょうかね・・・。
両家の仲は本当に大丈夫?

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