上田桃子はゴルフより英語に苦労した米ツアー!英会話にトラウマも
プロゴルファーの上田桃子は女子プロを多く輩出している九州の熊本県出身。10歳から坂田塾でゴルフをスタート。高校卒業前からティーチングプロの江連忠コーチから指導を受ける。東海大二高卒業後の2005年にプロテストに3位で1発合格。2007年にライフカードレディスで初優勝。同年に5勝し、史上最年少21歳で賞金女王に。2008年から米ツアーに参戦。2014年から7年ぶりに日本ツアーに復帰。ショットメーカーで強靭な下半身から繰り出す攻撃的ゴルフが持ち味。
上田桃子がゴルフより大変なことを特訓
2007年11月にミズノクラシックで全米女子ツアー初制覇。同大会で7番パー5の第2打がカップインし「アルバトロス」で、日本人史上10人目の米ツアー制覇を果たした。そして、2008年米ツアーに参戦。女子ゴルフ界のスターにのし上がった上田桃子。彼女は当時、ゴルフより大変なことを特訓していた。しかもそれに失敗するとゴルフに出場できなくなるという。
2009年から米ツアーに2年以上在籍した選手を対象に、英語の口答試験を実施する。もし合格出来なければ、2年間の出場停止とする!突然、出されたアメリカ女子ゴルフ協会の発表に、26ヶ国121人の外国人選手達が震え上がったという。当時日本からは、2017年シーズン限りでの現役引退を表明している宮里藍と上田桃子が参戦していた。
2006年から、米ツアーに参戦していた宮里藍は地元のゴルフ記者と英語で話をしていた。彼女は中学時代から世界に備え、スポーツ選手の語学教育がしっかりした東方高校に進学してますからね。
問題は上田桃子の方だった。海外のツアー事情に詳しいゴルフジャーナリストは、上田桃子にはプレー中の英会話にトラウマがあると説明する。
「2008年4月のメジャー第一戦の時、スプリンクラーのそばにボールを打ち込んだんです。ドロップせず(ボールを動かさず)にそのまま打ちたいと言いたかったのが伝わらず、慌てて通訳を呼んだ。だがフェアウエーに通訳を呼ぶことは禁じられており、これがトラウマになって成績が徐々に落ちました。」
2008年、上田桃子はアメリカ1年目だった。試験まであと1年間あった。全米女子ゴルフ事務局によると試験の内容について
「1人で受け答えできるかどうか。またコースでキャディーと会話ができるかどうかが基本線になると思います」
あくまでも最低限の英語力をみる試験になるという。
当時、上田桃子は左手中指の故障で自宅の神戸にいた。市内の練習場に通いながら、週3で大手英会話スクールにも通っていた。全国展開するメジャーな塾にこだわったのは、国内の大会に出場しながら、全国各地で勉強できると考えたからです。そして、上田桃子は必至に猛勉強をしていたらしい。
2009年の試験に落ちると、2年間アメリカツアーに参加が出来なくなるので、スポンサー企業も大変だったが、上田桃子は英語の口語テストの基準に達していたようだった。
2011年11月に米ツアー・ミズノクラシックで本格参戦後の初勝利。米ツアー制覇は2007年の同大会以来2度目で、本格参戦した2008年以降は初めてだった。同年5月には高校卒業前から指導を受けていた江連忠コーチと契約を解消。2011年秋に外国人コーチとスイング改造に乗り出したが、結果は出なかったという。
2013年は6年間戦った米ツアーのシード権を喪失。2014年に7年ぶりに日本ツアーに復帰。2014年8月のCATレディースゴルフトーナメントで3年ぶりの優勝。10月に樋口久子 森永レディスで同年に2勝を挙げた。
2017年5月に中京テレビ・ブリヂストンレディスオープンで3年ぶりの優勝。今年勝つことが出来なかったら辞めようと思っていたという。2016年末に心技体にわたる指導を受けていた荒川博氏(享年86歳 プロ野球巨人打撃コーチで王貞治氏に一本足打法を指導)が亡くなり、精神面でのダメージはあったが、逆にそこまでの覚悟をさせるきっかけにもなったようです。