安室奈美恵はロンブー淳と破局!封印してきた小室哲哉の曲を歌う

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歌手の安室奈美恵は1992年に「ミスターUSA」でデビュー。1995年から小室哲哉がプロデュースする1996年の「Don’t wanna cry」や、1997年の「CAN YOU CELEBRATE?」など多くのヒット曲を連発。1997年10月にTRFのSAMと結婚。子供は長男を出産するも、2002年7月に離婚。2010年にはお笑いコンビ「ロンドンブーツ1号2号」の田村淳と交際発覚も破局しています。

安室奈美恵

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安室奈美恵の誕生会にあの人は来た

「パーティーに参加したのは本当に親しいスタッフや関係者だけ。安室さんは拍手で迎えられていましたね」(出席者)
全国ツアー真っ只中だった2010年9月20日、33歳の誕生日を迎えていた安室奈美恵。その2日後の22日、安室の誕生パーティーが都内のレストランで開かれた。

午後8時、ワンボックスカーが会場に横付けされた。露出の大きな黒のミニワンピースにハイヒールというドレスアップをしている安室。厄年もある彼女の誕生パーティーには、山本高広、イモトアヤコ、彼女のファンでメル友である近藤春菜らお笑い芸人が目立った。
「特別ゲストとして、ダチョウ倶楽部の3人が出席していました。リーダーの肥後さんは安室さんと同郷ですし、上島さんはテレビで安室さんのモノマネを披露した分身。3人の登場に凄く喜んでいましたね」(出席者) 

事務所社長の挨拶の後、大きなケーキが運びこまれた。
「司会は、安室と同じ事務所のアンバランスのふたりが務め、会場も大いに盛り上がりました。安室さんはひとりひとりとじっくり話し込んだり、皆からプレゼントを貰い大はしゃぎしてましたね」(出席者)

2009年の誕生会ではかなり酔っ払っていた安室だが、2010年はツアー中とあって、会場ではお酒を控えていた。夜中12時過ぎ、会場から出てきた安室は、そのまま車に乗り込み2次会へと向かったという。
「2次会に参加したのは、特に親しい10人程度だったそうです。近くのバーで開かれたんですが、ここでは安室さんもお酒が回っていたので、テンションもアゲアゲ。2時間ほどで帰って行ったそうです」(音楽関係者)
さすがにロンブー淳の姿は無かった。

安室奈美恵

ロンブー田村淳と破局!専用携帯電話も解約

「夏頃に安室さんと会った時に、淳さんとはうまくいってるの?って聞いたら、う~~んと微妙な反応だったんです。あまりうまくいってないのかなぁと思っていたら・・・」(親しい知人)
2010年10月5日に破局が報じられたふたり。8日にはテレビで淳が破局を認めた。
「安室さんの事務所側に、本人から破局の報告があったみたいです。2010年8月末にはすでに別れていたようで、彼女から別れを切り出したそうです」(音楽関係者) 

淳は都内でレンタル農園を借りていた。野菜ソムリエの資格を持つ淳は、育てた野菜で手料理を安室に振る舞っていたのだろう。2010年9月中旬のイベントになると「最近、手料理も振る舞っていないけど」ともらしていた。
その農園に週刊誌がいってみると、「9月初旬に見かけてのが最後かなぁ、その後はみていないね」(近くの農業男性)人影もなく、畑は荒れた様子だったという。

ふたりの間には愛のホットラインというべき、専用の携帯電話があった。
「クリスマスに淳さんから彼女に専用の携帯電話を渡したそうなんです。その電話を使って連絡を取り合っていたんですが・・・。安室さんは、すでにその携帯を処分。現在は解約されているようです」(音楽関係者)

この専用電話の存在は安室周囲の人々にもよく知られていたようだ。
「彼女はどこへ行くにも持ち歩いていて、2010年4月からのツアー中も、各地の名所やグルメを撮った写メールを淳さんに送っていました。だから、喧嘩をするとすぐにわかりましたね。最近ではその電話を仕事場には持ってこなくなっていました。帰宅すると淳さんからのメールがたくさん入っていたと聞いています」

安室みずから切り出した破局だったというが、本人は落ち込んでいたという。
「破局報道が出た2010年10月6日、長崎から帰京した空港での安室さんは、サングラス姿で表情は全くわかりませんでした。ただ、左手には指輪をはめていましたね」(旅行客)
気持ちの整理がつかないまま安室の胸中はまだ揺れ続けていた。

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安室奈美恵と山下智久の相性は抜群

周囲の言葉も聞かずロンブーの淳と交際をした安室奈美恵。交際が発覚するとファンからは大ブーイング!結局、淳とは破局しましたが、安室人気は回復せず・・・。そんな中、次は誰と付き合うのか?手相占いでは山下智久と縁があるようです。

「安室さんの自分ひとりでは表現できないことをやりたい!という一言からコラボ企画が立ち上がり、真っ先に名前があがったのが山下さんでした」(音楽関係者)
震災の影響で発売延期されていたコラボアルバム・CheckMate!にたくさんの歌手が出演していることで注目を集めていたが、なかでも大きな話題になっていたのは山下智久との共演だった。 

「以前、音楽番組で山下さんと一緒になったときからずっと、安室さんは彼のダンスが印象に残っていたそうです。コラボ相手を探すことになった際に、ぜひ!とずっとオファーしてたんですよ」(音楽関係者)
実はふたりは人見知りする性格でこんなこともあったという。
「はじめてスタジオ入りした時は、お互い、よろしくお願いしますと挨拶をしましたが、それから全く会話がない状態(笑)。安室さんはスタッフと話すだけで山下さんのほうをみもしない。山下さんも、もしかして避けられてる?と感じたようです」(映像関係者) 

PVの撮影もかなり難航したようだ。
「ふたりの呼吸があわなくて、3回ほど撮り直してもOKが出ませんでした。すると山下さんが安室さんに歩み寄り、すいません。僕が合わせればよかったですと頭を下げてから、やっと呼吸が合うようになりました」(映像関係者)
これを期にふたりの距離は近づいていった。

「安室さんは手相占いにはまっていたんです。手相占いで人気の島田秀平さんが発案したテノヒライトという、手相が浮かぶライトを持ち歩いていました。PVでも山下さんがガラスに手をつくシーンがあって、安室さんは映像を止めて彼の手相に見入り、仕事運がいいといったそうです」
後日、山下と再会した時も、手相を見て占っていたそうだ。

安室奈美恵

安室奈美恵が封印してきた小室哲哉の曲を歌う

安室奈美恵が現在の地位を築いたのは、小室ファミリー時代にブレイクしたからといっても間違ってはないでしょう。小室哲哉が干されだした頃には、すっかり小室の歌をうたわなくなっていた安室。そんな安室も、必死に芸能界復帰をがんばっている小室にサプライズとばかりに、ライブでは小室の曲を歌うことにしたという。

「安室さんは近年、ライブで小室さんの歌をうたうことはほとんどありませんでした。でも、心境の変化があったようで、沖縄のライブでは小室さんの曲を歌うと自らの固い意思で決めたようです」(音楽関係者)

デビュー20周年となる2012年9月16日、故郷・沖縄で凱旋ライブを行った安室奈美恵。
「20周年ということで、これまでの道のりを振り返った彼女は、やっぱり小室さんがプロデュースしてくれたことは、自分にとっても大きなことだったと周囲に話しています。ここ数年ほどんど歌わなかった小室さんの曲を歌うことにしたのも、精神的なゆとりができたためでしょう」(同上)

安室は多忙だった小室との思い出を語っている。
「その場でぱーっとメロディと歌詞を作っていただいて、そのまま歌うとか(笑)。そういう時、小室さんは私との会話から歌詞のキーワードを引き出していたようなのですが、私はすごいあがり性なので、全然上手く会話ができなかったので、あまりキーワードを引き出せなかったと聞いたことがあります」
20周年記念のメディア出演次は、安室は意識的に小室の話をしていたという。

「小室プロデュース時代を本人が切り出すことはあまりなかっただけに、以外でしたね。小室さんは、くも膜下出血で療養中のKEIKOさんの看病もあり安室さんと直接会う機会はほとんどないですが、安室さんの変化を人ずてに聞いたようです。話題なるだけでも嬉しいと小室さんは感極まってつぶやいてました」((同上)
また小室との共演もあるかも。

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